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zoom RSS TV EYE/1977-1978

<<   作成日時 : 2017/08/07 23:29   >>

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画像4月のリリースで、10日ほど前に入手。

TV EYE。
1976年結成。
THE PREFECTS(以前このブログで紹介)と並んで、バーミンガムで最初期のパンク・バンドと言われる。
このCDの副題も“The lost studio recordings & no-fi relics of Birmingham's first Garage-Punk band”と。
(なげえよ!)
スタジオ録音の5曲と、リハーサル音源8曲を収録。

バンドはバーミンガムのモズレイ・アート・スクールの学生だったアンディ・ウィケット(ヴォーカル)、デイヴ・カスワース(ギター)、アーモン・ダフィ(ベース)を中心に結成。
当時、メンバーは17〜18歳だったという。
1977年にはポール・アダムス(ギター)が加入し、ドラマーがSHOCK TREATMENTというバンドのヴォーカリストだったデイヴ・トゥイストに交代。

で、ギターがデイヴ・カスワース?
そう、このバンド、後にJACOBITESなどで活躍するデイヴが10代の頃に参加していたバンドなのだった。

バンド名はもちろんTHE STOOGESの名曲に由来しているが、音楽的にはNEW YORK DOLLSの影響が大きかったらしい。
デイヴ・カスワースがいたことを思えば、納得ではある。
ただ、曲自体はNEW YORK DOLLSにもそれほど似ていないと思う。
はっきり言って上手くはないものの、子供っぽい声で独特なメロディを聴かせるアンディ・ウィケットのヴォーカル…を中心に、時代を先取りするかのようなニュー・ウェイヴ色をも感じさせるパンク・ロック。
活動当時にレコードのリリースはなかったのだけど、バーミンガムの後進バンド勢にはかなり大きく影響したとか。
(スタジオ録音の「Stevie's Radio Station」は、1984年になってオムニバスに収録)

…実際のところ、デイヴ・カスワースがかつて在籍したオブスキュアなバンド、では済まされなかった。
TV EYEの影響を受けて、バーミンガムで1978年に結成されたのが…DURAN DURAN!
初代ヴォーカリストのスティーヴン・ダフィが脱退した後、DURAN DURANの2代目ヴォーカリストを務めたのが、誰あろうアンディ・ウィケットなのだった!
えー。
(初期DURAN DURANの名曲「Girls On Film」はアンディ在籍時の曲で、アンディが歌う音源も近年発掘リリースされている)
しかも、アンディが抜けたTV EYEにはスティーヴンが加入したという。
なんだそりゃー。
しかしTV EYEは間もなく解散。

…で、TV EYEの「Stevie's Radio Station」は、後にDURAN DURANの大ヒット曲「Rio」に改作されたのだという(!)。
もう一度「Stevie's Radio Station」を聴き直してみた。
ああっ、コード進行が「Rio」と同じ!

その後アンディ・ウィケットはDURAN DURANを脱退。
3代目ヴォーカリストとしてサイモン・ル・ボンを迎えたDURAN DURANは大スターの道を歩むことに。
DURAN DURANを抜けたアンディはレゲエ・バンドXpertzに参加するが、シングル1枚で解散。
1988年にはワールド・ミュージック志向の大所帯バンド・WORLD SERVICEを結成し、90年代には古巣DURAN DURANとツアーもするが、単独音源のないまま解散。
現在はMAU 61というバンドで活動している模様。

デイヴ・トゥイストもTV EYEを脱退。
このCD、リハーサル音源ではデイヴが叩いているが、スタジオ録音では“ゴフ”というドラマー(正体不明:メンバーも“ゴドフリーなんとか”としか覚えていないらしい)がプレイしている。
で、デイヴはTV EYEを解散させたアーモン・ダフィと共に、1978年にはTHE PREFECTSに参加。
(以前このブログで紹介したPREFECTSのライヴ音源でも演奏している)
アーモンがその後もPREFECTS→後身バンド・NIGHTINGALESでの活動を続けた一方で、PREFECTSを脱退したデイヴはスティーヴン・ダフィ&デイヴ・カスワースと再び合流して79年にTHE HAWKSを結成するが、シングル1枚で解散。
その後THE SCARECROWS〜THE FILIPINOSを経て、またもデイヴと合流し、DAVE KUSWORTH AND THE TENDERHOOKSに参加している。
TV EYEの2代目ヴォーカリスト、スティーヴン“ティンティン”ダフィのその後については、言うまでもないだろう。

ってかバーミンガムのパンク/ニュー・ウェイヴ(&ニューロマンティクス)シーン、狭過ぎるぞ!

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