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zoom RSS ユージ・レルレ・カワグチ:インタヴュー(前編)

<<   作成日時 : 2018/05/09 23:55   >>

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画像10代からROSEROSE他で活躍し、現在はHEREやNECRONOMIDOLのサポートでも知られるドラマー、ユージ・レルレ・カワグチ。
このブログでは彼が参加したhighenaやANOTHER DIMENSION、そしてソロ・プロジェクト#stdrumsの2ndアルバムを紹介したが。
5月3日に#stdrumsとしての新作「Fusion Punk Machine EP」(画像)がリリースされた。
タイトル通り、ジャズ・ロック/フュージョンの緻密さと手数(特に手数)を、パンクの勢いで聴かせる3曲。
そこで多面体な活動を展開するユージに改めて話を聞いてみた。
以下、独占インタヴュー前編。


―ミドルネームの“レルレ”っていうのは何処から来てるの?
「“レルレ”は…元々は、中学生ぐらいの頃に…15、6年前、まだインターネット黎明期、
ウィンドウズ98でインターネットが流行り始めて。中学校にパソコンがあったんで…」
―ほう。
「それをきっかけにインターネット始めるんですけど。今となってはFacebookとかで本名出しますが、当時は“ハンドルネーム”ってのがあって。ハンドルネームが必要だってなった。それで…“レルレ”で行こう、と」
―なんで“レルレ”?
「音の感じですね。あと、当時流行ったカードゲームのキャラクターの名前をもじって。じゃあレルレでって、そこから。実はHPってもう10年以上やってて。ドメイン取って長いんですけど、アレもrerure.comですしね。まあ、どうせ高校生ぐらいになったら、レルレって名前は使わないだろうと思ってたら、意外に大学生の頃にも、先輩からレルレと呼ばれて。名前が死ななかったので(笑)、今まで引きずってる感じです」
―パソコンが中学にあるって、世代が違うな(苦笑)。
「掲示板とチャットが流行ってました(笑)」

―ドラムはいつ頃から始めたんですか?
「ドラムは…触ったのが、小学校4年生ですか。小学校に、ドラムが…音楽室に。で、ちっと触ってみよう、みたいな感じで、ちょっと触って、スパンがあって。小学校6年の時に、卒業コンサートみたいなのがあるんですけど、アレで1曲叩いて。中学校の頃に、今度は3年生を送る会みたいな。そこでもっかいやった時に面白くなったんです」
―じゃあ本格的には中学生から。
「中学生かな。小学校の頃は、手足バラバラを覚えたぐらいで。それが出来る状態でドラムをもっかい触ったから。コレは、面白いなあ…そこから、お昼休みはソッコーでお弁当食べて、すぐ音楽室に行って、叩いてましたね。そういう毎日を繰り返してた気がします」

―ちなみに、影響を受けたドラマーは?
「きっかけは、L’Arc~en~CielとかGLAYとか。あと、親父が好きだったんで桑田佳祐のソロ(笑)…は、凄くよく聴いてましたね。で、一応DEEP PURPLEとBON JOVIくらいは聴いて、高校入った時に軽音の先輩からMETALLICA借りて」
―はい。
「「川口くん、メタルって知ってるかい?」「いや、ちっとよくわかんないッスねえ」…そこで、最も影響受けたのはラーズ・ウルリッヒ(METALLICA)だったんで。それからはもうラーズ一辺倒で、高校生の頃は、過ごしました。で、そのあとLED ZEPPELINに出会って。そこからもう、ジョン・ボーナムが神のような存在に(笑)。でも実は、プレイ的に影響受けたのって、多分MEGADETHのニック・メンザじゃないかって」
―ああ…。
「当時、METALLICA知ってメタルにハマった後に、MEGADETH聴いて。MEGADETHの曲めちゃくちゃ練習してた。テクニカルなモノが多いので。多分プレイの根幹にあるのが、実はニック・メンザ(笑)。僕はいつも、その3人を挙げますね。お父さんがラーズで、神がジョン・ボーナムで、先生がニック・メンザ(笑)。そういう感じです」
―死んだよね、ニック・メンザ。
「亡くなりましたよね。2〜3年前です」

―俺がユージくんを知ったのは、ROSEROSEのドラマーとしてだったんだけど。
「そうですね」
―ROSEROSE以前に、リリースのあるようなバンドってやってたの?
「自主では、1個やってて。HELLFIREって。僕が入る前、ピエール中野さん(凛として時雨)が叩いてたらしいんです」
―えっ。
「まさかの(笑)」
―そうなの?
「まだ時雨もインビシ(インビシブルマンズデスベッド)とかとよく対バンしてた頃…で、「一瞬叩いてもらったことあったんだよね」みたいな。で、そのバンド(HELLFIRE)、GAMMA RAYみたいなバンド…ジャーマン・メタル系のバンドで、1枚自主でアルバム出しましたね。CD-Rで。で、OUTBURSTとか、アナトラ(穴虎69)とか、APOLOGISTとか、そういうライヴにいろいろ行くようになったんですね。で、URGAでROSEROSEを観て」
―ROSEROSEって結局何年ぐらいいたんだっけ?
「5〜6年、ですね。某メジャーバンドに、僕入ったんですけど、そのバンドに入る時に…メジャーでやるってのもあって、他のバンドを辞めてくれって言われちゃったんです」
―ああ、なるほど。
「まあ、メジャーっていうモノを経験してみたかったんで。メンバーに相談してみたら、OK出してくれて。温かく送ってくれた感じでしたね」
―その前後にもいろいろバンドに参加したり…。
「INSECT MUCUSってバンドか。いわゆるブルデスってやつですね。女性ヴォーカルブルデスみたいな感じで。JURASSIC JADEと韓国とか行きました」
―へえ!
「当時は…高校生の頃は、INSECT MUCUSとROSEROSEの2本でやってました。あとは、今やってるANOTHER DIMENSIONってバンド。僕が初めてROSEROSEで企画やった時に、SHELTERでTERROR SQUAD呼んで。その時にギターのノケン(ノナカケンジ:INTESTINE BAALISM)がライヴ来てくれてて、そのあと、「ANOTHER DIMENSIONってバンドやりたいんだけど、ドラム探してんだよね」って言われてて。始動はしてなかったんですが、その頃からANOTHER DIMENSIONの話はあった」
―ANOTHER DIMENSIONって凄い長いよね?
「長いですね。動いちゃないんですけど(苦笑)」
―存在としてはずっとあり続けてて、活動ほぼしてないみたいな。
「その通りです」
―結局、立ち上がってからアルバム出すまでに20年近くかかって…。
「らしいですね。ノケンが、高校生の頃に…1stアルバムに入ってる曲って、全部彼が10代の時に出来た曲らしいんですよね」
―すげえなあ。
「曲は持っといて、ずっとやってなかった(笑)」
―ゴリゴリの北欧メロデス。
「そうですね(笑)」
―アレはびっくりした。
「ゴリッゴリですね(笑)。でもヴォーカルがウダさん(宇田川浩一:TERROR SQUAD)だから、イイ具合にジャパコアな感じもあるし。バランス凄いイイですね。独特で」
―アレは聴いてびっくりしたもん。
「そうですね。この時代にやっちゃう?(笑)みたいな」
―慟哭のリードギター…。
「風が吹きますからね(笑)」

―西井くん(西井慶太:インビシブルマンズデスベッドのベーシスト)と“まずいやつら”始めたのは?
「アレは、ちょうどメジャー辞めるってなって、じゃあ新しいバンド組みたいなあって思った時に…西井さんとは、当時何度かスタジオに入って。具体的な結成は、何だっけなあ?…バンドやりたいって話になった時に、じゃあベーシストでイケてる人っていったら西井さんだろ、って僕の中であって。その時にちょうど…いろんな人とセッションしてみようって、僕その時期だったから、いろんな人と会ってた中で、もう一人ベーシストがいて、「3人でバンドやっちゃえばいいんじゃね?」ってなったんですね(笑)。それでツインベースで」
―ベースとドラムの3人で。
「そうそう。面白いバンドですね」
―それにヴォーカルが入ってhighenaになったワケだ?
「その通りです。その時、もう一人のベースの西郷くん(西郷拓哉:元Dear DadA)の友達が、女性ヴォーカルの文菜ちゃんっていうんですけど。まずいやつらと並行して、彼がギターを持って、ポストロックみたいなバンドをやってみようって。…ってなったのがhighenaのきっかけだったんですけど。最終的には、まずいやつらってのはシンガーがいなかったから。歌の面とかの話もあって、じゃあもうhighena一本でいいんじゃないかって。そういう風になって、活動してましたね」
―続かなかったね。
「続かなかったッスねー…」
―予感はあったんだけど。
「ああ〜…」
―ヴォーカルの子がソロでも活動してるっていうんで、ソロ志向の子がバンドと一緒にやってても、ひょっとしたら続かないかもなってのは思ってた。
「なるほど」
―西井くんも同じこと思ってたみたい。
「曲は凄く好きで、やりたいバンドだったんですけど。まあ、言うならば、みんな若かったなっていう。僕もメジャー辞めて、凄いモチベーションが高かったんで。高過ぎて、他の人を置いてってしまった感じが、あったような気がしますね」
―ポストロックっていうか、ギターポップ寄りの凄くデリケイトな音楽に…だけどドラムは叩きまくっている(笑)。
「そうなんですよ。面白かった」
―かなり稀有な音楽性のバンドだったと思うんだけど。
「いろんな曲をカヴァーしようとか、いろいろ作戦を立ててやろうとしてましたね。曲は好きだったから、何かのタイミングでまたやれたら嬉しいですけどね」

―その間に自分のプロジェクトが進行してたワケですけど。
「そうです、その通りです、まさにそのタイミングです」
―ちなみに、(プロジェクト名の#stdrums)何て読むのコレ?
「グッドクェスチョンなんですけど…一応、字面としては、“ハッシュタグエスティードラムス”なんですけど、あくまで僕のソロ・プロジェクトなんで、“名前を名前にしたくなかった”んです。#とsとtとdとrとuとmとsがあるという、文字面でしかないんで。読み方も人に決めてほしい」
―(笑)
「意味を持たせたくなかった。一応、僕が言葉で発する時は“エスティードラムス”なんですけど。その…思いのままにどうぞっていう(笑)」
―“シャープストドラムス”とか“ナンバーストドラムス”とか…。
「そういう感じが好きです(笑)。WEHRMACHTの読み方がわかんないとか、そういう話ですよね(笑)」
―(笑)
「なんなんだろうって(笑)。…文字でしかない」
―そうか(笑)。発声する時には最初の#がないんだ?
「なくていいかなと思ってますね(笑)。仮に、ブログかなんかで、#stdrumsよかったってなったら、それが自動的にハッシュタグ化するっていう、狙いがあるんです」
―コレは元々、路上演奏ソロのことだったワケ?
「おっしゃる通りです。活動のきっかけは…ドラムってメトロノームで練習するんですけど、もっと面白い練習方法ないかなって探してた時に、iPhone使ってたら、ガレージバンドって作曲ソフトがあって。ループ音源がいっぱい入ってるんですよね」
―ほう。
「なんで、このループ音源使って練習しようと思って、練習してたんです。一方その頃、ジョン・ボーナムの墓参りに行かなきゃとずっと思ってたから。4年前…2014年の4月に、初めてイギリス行って、無事に墓参り出来るんですが、その時に、いろんな路上パフォーマンスを観て。その頃って、日本だと弾き語りしかなかったから。向こうだと、音楽だけじゃないです。いわゆるバスキング、路上パフォーマンスですね。ギターだけじゃないんです」
―はい。
「それを見て、感化されて。ジョン・ボーナムが生まれた、ブリティッシュ・ロックの土地で、俺もビート出したいな…その時に、さっき言ってたガレージバンドで作ったルーパーで、ドラム叩きゃいいんじゃない?…ってところにつながって。そこから、日本で練習って意味も含めて、ストリートで活動する、と」
―パフォーマンス兼プラクティス。
「そういうことです。最初の最初はそうですね」
―始めたのはhighenaが終わってからの2014年とか、それぐらい。
「奇しくも、タイミング的に、highenaがなくなっちゃって。結果的にソロだけが残った状態だったんですよね、あの時って。もしhighenaがずっと続いていたら、ソロに入れ込んでなかったでしょうね」
―なるほど。スーツケースがドラムセットになるって、あのアイディアは何処から?
「アレは…元々#stdrumsは、カホンに座って、逆さにペダルを置いてですね、かかとで踏む状態だったんです。海外行った時に、もう一発荷物軽くしたいなと思ったんです。スーツケースにカホン入れて、移動してたんで。「なんか箱状のモノで、鳴るモノはねえかな?」…スーツケースそのものを、叩いてみよう。そしたら、鳴ったから。「コレじゃん!」ってなったんです」
―(笑)
「あの時ほど、俺は天才だなと思ったことはなかったんですけど、YouTubeで調べたら世界各国でやってて(笑)」
―そうなんだ?
「僕だけのアイディアじゃなかった。「なんだ俺だけのアイディアじゃなかったのか!」と思ったんスけど(苦笑)」
―いるんだ?
「いますいます、全然います。日本だと、なんとかってヒップホップのバックバンドの方がスーツケース・ドラムらしいんですよ。日本でもいるみたい」
―スーツケース持ってったら、何処でも演奏できる…。
「そうです。それがストリートでの#stdrumsのテーマなんで。何処でもダンスフロアになる」
―実際にスーツケースをドラムに仕立てるっていうのは、自分で作った?
「自分で作りました」
―器用だねえ。
「そういうの好きで(笑)。試行錯誤の繰り返しですね」
―何か国ぐらいやりました?
「基本的に僕が行くのって、イギリスなんで。でも、おととしの夏に、ヨーロッパをぐるっと、バスキングで仲間と廻ろうってイヴェントがあったから。その時に、スペインから始まって、スイス…モントリオール・ジャズ・フェスティヴァル、の入り口で」
―入り口で(笑)。
「(笑)…で、チェコ行って、プラハで。そのプラハの時、ちょうどOBSCENE EXTREMEだったんですよ」
―?
「チェコのグラインドコアの祭典。で、ちょうどDEATH SIDE出てて。僕DEATH SIDEのTシャツ着てたから」
―(笑)
「(客に)話しかけられて。「お前行ったのか!」「何の話だ!」(笑)…あ、昨日(DEATH SIDEが)来てたんだ…わかってれば行きましたね(笑)。で、チェコ行って、ドイツ行って。ミュンヘンとベルリン行きました。で、イタリア行って。ミラノ。で、パリに行く途中に、シャモニーで車がトラブって。動けなくなって、シャモニーでそのまま演奏して。車の修理代を稼いで、イギリスでゴールする。だから、6〜7か国ぐらいはやってますね」
―YouTubeで、ロンドンの地下鉄でやったライヴが観られるけど。アレなんかも、ただ地下鉄の中にガーッと入って?
「その通りです(笑)。やっぱ、ギャグが効くからいいッスね(笑)、向こうの国は。面白いじゃんガハハって」
―それで済んじゃう?
「アレも数年前で、路上ライヴ凄いやりやすかった時代だったから、今はわかんないけど。当時は済みましたね。片付けてたらアンコールッスから(笑)。もう映像撮ったから片付けようと思ってたら、もっとやれみたいな(笑)」
―日本では却って難しいです?
「日本は難しいでしょうねえ。ギャグ通じないから(苦笑)」
―日本はあんまりやってないの?
「いや、やってますけど、最近回数はどんどん減ってます。当時は、凄いやりやすかったから。他にやる奴らがいなかったんですね。渋谷のTSUTAYAの前とか行っても大体僕だけだったし。新宿も同じく。ホントこの数年で、路上ライヴ流行りましたよね。弾き語りだけじゃなくて、凄いジャンルも増えたし。ただおかげで、モラルの低下も凄い見えますね。ちょっと疲れちゃったかなっていう(苦笑)」
―日本国内だと完奏出来ないことも多そうな気が。
「そうですね。一瞬で止められる時もあるし。日本の場合は凄いグレーゾーンのままなんで。海外だと、即罰金になったりするから。「ハイハイ、ハイお金」って感じのところもあるんで。そういう意味では、もしかしたら日本の方が結果的にはやりやすいのかも?…まあどっこいどっこいですね。僕は、海外の方が好きですけど」


以下、後編に続く。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
後編も楽しみにしています
デコ
2018/05/10 20:51
コメントありがとうございます。
後編アップしました。
楽しんでいただければ幸いです。
大越よしはる
2018/05/11 01:59

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ユージ・レルレ・カワグチ:インタヴュー(前編) LAZY SMOKEY DAMN!/BIGLOBEウェブリブログ
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