マスクはいつまでやるの?

SAVATAGE.jpg緊急事態宣言が解除されたとはいえ、飲食店やライヴハウスにはいまだ中途半端な時短営業が求められ、一方で街には人があふれる今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

緊急事態宣言解除後、新宿ANTIKNOCKをはじめ、多くのライヴハウスが21時までの営業となった。
で、こないだ行った吉祥寺CLUB SEATAもそうだったけど、ライヴハウスも飲食店もラストオーダー20時なんだよね…。
それどころか、ドリンクは1杯のみなんてハコまで出て来たよ。
(飲み過ぎないようにってんで)

で、心配してたら結局スティーヴ・ハケット来日中止になってしまった。
山下達郎の全国ツアーも中止。
(竹内まりやのツアーも中止だから、そりゃ旦那も中止だろう)

一方、海外の多くのフェスティヴァルも2年連続中止とかを発表している中、FUJI ROCK FESTIVALは開催の予定だという。
当然ながら、海外ミュージシャンは招聘出来ず。
国内バンドのみでやるらしい。
どうなるか…。

SAVATAGE~DOCTOR BUTCHER他のジョン・オリヴァが新型コロナウイルスに感染していたという。
(既に回復したとのことだが)
皆様本当に気を付けましょうね…。


で、副総理はぬけぬけと「マスクはいつまでやるの?」ときた。
ふざけんな、こっちが訊きてえわボケ!

『レジリエンスで心が折れない自分になる』

レジリエンスで心が折れない自分になる.jpg久しぶりに心理学関係の仕事しました。
厳密にはいわゆる心理学とちょっと違うかもだけど。
”執筆協力”として参加しています。

”レジリエンス”というのは元々環境学の分野で生態系の復元力を表す言葉。
現在では”ポジティヴ心理学”の分野で”心の復元力”を表す言葉としても用いられていて。
いわゆる”ポジティヴ・シンキング”とは全く違い、何でもかんでもポジティヴに考えようとするのではなく、ネガティヴな体験や感情を受け止めたうえでしなやかに立ち直る力、みたいな。
そんな柔軟性のある心を持つにはどうしたらよいかについて説明した1冊です。

元々かなりのネガティヴ思考で落ち込みやすかった俺なのだけど、近年は非常にレジリエンスが高くて凹むことが少ない。
なので、この仕事を引き受けるにはけっこう適任だった気がします。
と言いつつ、正直言ってこの仕事自体そんなにスムーズに進んだワケじゃなくてそれなりに凹んだりしつつ、気を取り直したりして進めたのだが。
そう、凹むことがあるのは仕方ないとして、気を取り直して前に進むってのが重要なのでありまして。

あと、文章だけじゃなく、この本ではイラストについてもラフなイメージを俺が自分で描いたのだけど。
そのへったくそなラフ画を元にして、イラストレーターの小野崎里香さんがかわいらしいイラストに仕上げてくれています。
(感激した)

監修はポジティブサイコロジースクール代表の久世浩司氏。
既にレジリエンスに関する多数の著書がある、日本におけるこの分野の大家です。

このコロナ禍の世の中、心が折れないとか立ち直る力があるとかは本当に大事なことだと思うんで、興味のある方は是非読んでみてください。


『レジリエンスで心が折れない自分になる』、本日発売。

FRANK BLACK/TEENAGER OF THE YEAR(1994)

FRANK BLACK.jpg1993年にPIXIESを解散したブラック・フランシスことフランク・ブラックが、その翌年にリリースした2ndソロ・アルバム。
ソロ・デビュー作『FRANK BLACK』(93年)の時点ではまだPIXIESは解散していなかったので、バンド亡き後の本格的なソロ活動のスタートとなった。

本名はチャールズ・マイケル・キットリッジ・トンプソン4世…って、フランクでもブラックでもないじゃん!
それにしてもまあ…このタイトルとジャケットで決まりでしょう(笑)。
この時点で29歳…何処がティーンエイジャーですかって。
しかし、タイトルとジャケットだけの出オチにならずに済んだのは、もちろん中身のクォリティが高かったからに尽きる。

プロデューサーは元CAPTAIN BEEFHEART & THE MAGIC BAND~PERE UBUのエリック・ドリュー・フェルドマン。
エリックはキーボードとベースで演奏にも参加している。
フランク・ブラックはBLACK FLAGやHUSKER DUと並んでキャプテン・ビーフハートにも大きく影響されたのだそうで。
で、ビーフハートつながりか、ジェフ・モリス・テッパー(ギター)も参加しているし、PIXIES時代の盟友ジョーイ・サンティアーゴもギターを弾いているが、大半のリード・ギターは元BOURGEOIS TAGG(!)のライル・ワークマン。
ドラムはセッションマンのニック・ヴィンセント。
ライルとニックはその後もフランク・ブラックのアルバムに参加している。

一番短い曲が1分33秒、一番長い曲でも4分41秒で、5分以上の曲は1曲もなく。
4分以上の曲が2曲しかない一方で、2分以下の曲が4曲。
そして1時間余りの収録時間で22曲も詰め込まれているうえに、国内盤は6曲入りのボーナス・ディスクが付いた2枚組だった。
(総計28曲)
で、それらのどれもがポップでキャッチーでメロディック、更に大半の曲が疾走感に満ちている。
カントリーっぽいのとかレゲエとかもあり。
どんなタイプの曲もすべて明快なメロディを持つ。

NIRVANAやTEENAGE FANCLUBにも多大な影響を与えたというPIXIESのギター・サウンドだが、このアルバムではフランク・ブラック本人以外に3人もギタリストがいて、フランクはヴォーカリスト/ソングライターとしての魅力を聴かせる。
むしろアンサンブルの中で目立つのは、手数多く歯切れのよいニック・ヴィンセントのドラムだ。
その後FRANK BLACK AND THE CATHOLICSにも継続して参加したのも納得。

アルバムは全米131位、全英21位と、目覚ましいヒットではなかったが、それでもフランク・ブラックのソロ・アルバム(FRANK BLACK AND THE CATHOLICS名義含む)の中では最も売れた。
一方で2004年にはPIXIESを再結成し、07年には名前もブラック・フランシスに戻す。
そしてバンドでもソロでも旺盛なリリースを続けている。
56歳、まだまだ若い。

流血ブリザード@吉祥寺CLUB SEATA

流血ブリザード.jpg26日。
ここに至って今年初めてのライヴハウス。
ライヴハウス通いを始めてから数十年、初ライヴが3月末なんてことがあっただろうか。
ともあれ流血ブリザードのリズム・セクション、ベルゼブブ・ヨゴレ(ベース)とセクシーダイナマイトプッシーガロアⅧ世(ドラム)の誕生祝いイヴェント「オッス! オレたちアウトロー」。

定刻の19時半の時点でフロアはまだガラガラ。
しかし緊急事態宣言解除後もライヴハウスの時短営業は続くため、オープニング・アクトのクリトリック・リスがタイムテーブル通りにスタート。
名前だけはあちこちでさんざん見かけていたが、実はライヴを観るのは初めて。
スキンヘッドにパンツ一丁のおじさん(ってか、歌詞の内容からして俺と同世代だろう)が、バックトラックに乗せて歌い叫び、合間に股間に装着したテルミンを操作する。
下ネタ全開のスカムな世界を想像していたんだけど、シンナーですべてを失った元球児とか、芽が出ないままバイトしながら活動を続けるバンドマンとか、ロシアンパブの女に入れ込む男とか、バブル時代の思い出とか、笑わせながらもけっこうグッとくる歌が多いじゃないですか。
最後には流血ブリザードのメンバーが登場して1曲コラボレーション。

で、そのまま転換なしで流血ブリザードのライヴになってしまった。
ドリンクのラストオーダーが20時。
入場して最初にビール1杯飲んだだけで、2杯目を買いに行くタイミングを逃す。
ともあれスカムで笑える世界は相変わらず。
何より…長いことライヴを観たり取材したりする度にメンバーが違っていたこのバンドが、固定した4人編成で長く活動を続け、フロントの二人ではなくリズム・セクションのバースデイ・イヴェントを観られる日がこようとは。
そのことが嬉しかった。

ライヴ本編の終盤、ユダ様(ヴォーカル)がパンツ一丁にハゲヅラというクリトリック・リスのコスプレ姿で登場し、股間にくっつけた灰皿をいじるのには笑ってしまった。
しかし、更に笑ったのは本編終了後。
ユダ様とミリー・バイソン(ギター)がMCで「告知していなかったがもの凄いゲストを呼んでいる」と告げ、”10代のカリスマ”として迎えられたのはデニムの上下を着た美青年…”ヨゴ崎豊”って、すっぴんにそれらしいヅラかぶったヨゴレじゃねえか!
カラオケで「I Love You」を熱唱。
そして、”元国民的アイドル”という触れ込みで登場した”セク浦亜弥”は…こちら、メイクもそのまんまでミニのワンピースだけ着て出てきたセクシーじゃねえかよ!
で、「Yeah! めっちゃホリデイ」をこれまたフルコーラス。

最後はテーブルの上に寝たユダ様の股間にケーキが置かれ、ろうそくを吹き消そうとした主役二人の顔がミリーとクリトリック・リスの手でケーキに突っ込まれるお約束な展開。
ああ面白かった。
それにしても、今年初のライヴがコレか…。


帰りの電車の乗り換えがスムーズ過ぎて、逆に酒を買う時間がなかった…。

今年初のDJ

転 APR 2021.jpg今年に入ってからDJもそれ以外も、出演イヴェントがなく。
(明日の『PROG MUSIC Disc Guide』発売記念トーク・イヴェントは声かかったんだけど都合付かず…)
それどころかライヴハウス自体行ってないし。
(配信ライヴしか観てない)
仕事ばっかりしてる。
(仕事があるんだからありがたいが…)
ようやく始動します。




転Vol.19
4/23(金)高円寺Showboat
Open 19:00/Start 19:30
Charge 2,400円+1 drink

MONE¥i$GOD
THE DEAD PAN SPEAKERS
NAKED SOUL HYBRID
熊のジョン

DJ 大越よしはる


「転」は昨年10月のVol.12以来の出演。
今回も良いラインナップ。
盛り上がって行こう。
皆様、是非お越しください。

5月以降もDJ予定入ってきてます。
何処かでお会いしましょうね。

SPEED COMMAND/VESTIGES OF PEACE

SPEED COMMAND.jpgアルゼンチンで2011年に結成されたスラッシュ・トリオ。
結成から10年、満を持してという感じでリリースする1stアルバム。

2011年初頭にアルゼンチン西部メンドーサ州の州都メンドーサで結成。
メンバーはジャーマン・マルク(ヴォーカル、ベース)、ブルーノ・デ・ルシア(ギター)、ルチアーノ・ロルダン(ドラム)の3人。
13年以降デモやスプリット、シングルなどをかなりリリースしている。
アルバムの制作に入ったのは昨年で、作業には今年の2月までかかったというから、本当に出来たての1枚だ。

レーベル(カーナル・ビースト)の宣材では初期SLAYER、POSSESSED、BATHORY、VENOMといった名前が挙がっている。
そこからもわかる通り、先日紹介したイタリアのIREFUL同様、モダンな要素皆無の徹頭徹尾オールドスクールなスラッシュ・メタルを貫徹。
「Falcons Of Death」「Violent Force」「Chainsaw Evil Night」といった曲名がまた…。

ドラムを中心として、10年選手とは思えない程度に演奏が荒く。
(下手ではない)
トリオ編成の特性を活かそうという明確な意図があったのかどうかはわからないが、ギターもそんなにやたらと重ねていない、イイ感じに隙間のある音。
ライヴだと更にRAWなスラッシュ・サウンドを聴かせてくれそうな。
ジャーマン・マルクのヴォーカルは正調の(?)吐き捨て型ながら、随所で歌い始めや歌い終わりに声をひっくり返して「アア~ッ」というすっとんきょうなシャウトを入れてくるあたりがまた実にたまらん。

アコースティックで始まってアコースティックで終わる、トータルな構成を意識した本編の後に、ボーナス・トラック2曲。
それがまたナイス。
イントロにエンジン音と女性の悲鳴(というか絶叫)を配した「Chainsaw Evil Night」のデモ(2017年録音)は、アルバム・ヴァージョンよりRAWでカッコよくないか?
そしてドイツのブラッケンド・スラッシュ・メタル・バンドDESASTERのカヴァー「Face Of Darkness」。
DESASTERがアルバム・デビューする以前のカセットからというマニアックな選曲。
このカヴァーを聴くと、SPEED COMMANDの3人がVENOMやBATHORY、そしてそれらに影響されたブラック・メタル勢もかなり好み、聴き込んでいることが伝わってくる。

『VESTIGES OF PEACE』、26日リリース。

遠藤賢司/不滅の男 遠藤賢司バンド大実況録音盤(1991)

遠藤賢司.jpg昨年このブログで紹介した1983年のミニアルバム『オムライス』(https://lsd-blog.at.webry.info/202007/article_5.html)の後、しばらくアルバムのリリースがなかった遠藤賢司。
しかしライヴ活動自体は活発に行なわれていた。
88年に遠藤賢司バンドを結成し、89年から湯川トーベン(ベース)、嶋田吉隆(ドラム)とのトリオとなる。
89年にはソノシート「壱円玉よ永遠なれ!」が、90年にはシングル「エンケンのミッチー音頭」とVHS『純音楽』が登場し。
そして89~90年にかけての遠藤賢司バンドのライヴをCD2枚組で収録したこのアルバムが出た。
『オムライス』から8年経とうとしていた。

俺がこのアルバムを最初に聴いたのは、友人からダビングしてもらったカセットテープでだった。
「なんか、随分音が悪いなあ」と思った。
のちにCDで改めて聴き直し。
「やっぱり音質悪い!」となった(笑)。
音質ではなく勢い重視で選曲したらしい。
そして、繰り返し聴く毎に、この作品はこのブートレグのような音でなくてはイカンのだと納得するようになった。

CD2枚組約85分で11曲しか入っていない。
各レパートリーはライヴで長大に生まれ変わっていた。
長大なだけでなく爆音。
70年代からフォークの枠などとっくに超越していた遠藤賢司、自身の名を冠したパワー・トリオを得て、長年吸収し続けたロックの滋養をアンプから大音量で吐き出した。
(80年代のミュージックマガジンだったかレコードコレクターズだったかでエンケンさんがMC5やAMON DUULを紹介していたのを思い出す)
「不滅の男」(ラウドでノイジーなギターからリズム・セクションが加わり、歌に入ったところで初めて「不滅の男」だとわかるようなアレンジ)や「満足できるかな」などが熱いのは当然のこと、あの「外は雨だよ」の中でも”Light My Fire!”と歌われるのだった。
一方でアコースティックの「ねえ踊ろうよ」(ギター・ソロは湯川トーベン)やピアノ・ソロ「もうすぐ雪が降る」など、変化に富んだ自在なステージ。

何より、収録時間の約3割を占める新曲「輪島の瞳」。
ここでは25分45秒あるが、ライヴによっては1時間近い時もあったという。
そのギターのサウンドが琵琶に例えられることもある遠藤賢司、ここでは轟音のエレキギターを存分に鳴らす一方で、まさに琵琶法師の語り物のごとき”輪島大士物語”が展開する。
その語り口、そして演奏の迫力たるや。
(渋谷CLUB QUATTROの後ろの壁際にいるスーツ姿の輪島がありありと頭に浮かぶではないか)
そしてエンケンさんはここでもSEX PISTOLSに言及する。
ここには当時既にプロレスを引退していた輪島へのエールだけでなくプロレスへのエールがあり、一方で輪島やプロレスを語ることがエンケンさん自身の生きざまを問い直すことに直結するのだという意識がある。
それにしても、途中に挿まれる嶋田吉隆のドラム・ソロさえもがエンケンさんの語法にきっちり呼応するようなモノになっているのが凄い。
吉田よりも上手いドラマーは世に数多いるはずだが、コージー・パウエルだろうとマルコ・ミネマンだろうと、ここまで”「輪島の瞳」の一部としてのドラム・ソロ”はそう叩けまい。

「不滅の男」で始まったライヴは、「不滅の男」で終わる。
最初の「不滅の男」のバンド・サウンドに対し、最後の「不滅の男」の主役は、遠藤賢司のアコギ弾き語りにかぶさる観客の大合唱。
コレがまた熱い…。

「猫が眠っている」と「プンプンプン」には石塚俊明(ドラム)がゲスト参加。
そしてその後、遠藤賢司バンドのドラマーは正式にトシに交代。
このライヴ盤が出た1991年にはシングル「史上最長寿のロックンローラー」も出ている。
ただし、新たなオリジナル・アルバム『夢よ叫べ』(96年)までは更に5年待たねばならなかったのだが。

IREFUL/THE WALLS OF MADNESS

IREFUL.jpg2019年結成という、イタリアの新鋭スラッシュ・メタル4人組のデビューEP。
”イレフル”じゃなくて”アイアフル”だそうです。

…新鋭と言っても各メンバーにはそれぞれかなりのキャリアがあり、ERASER、SHOCK TROOPERS、DAEMONOKRAT、HELLRAIDERSなどのバンドで活動していたという。
(うっ、どれも知らん…)
メンバーはA・メデューサ(ベース、ヴォーカル)、M・サンダーボルト(ギター)、F・マッドピッグ(ギター)、ヴィオ・フル(ドラム)の4人。
ステージネームからしても、いかにもという感じですねえ。
(B級感あふれるジャケットも然り)

BULLDOZER、EXODUS、KREATOR、VIO-LENCE、DARK ANGELあたりの影響を受けたとのことで、実際そんな感じのオールドスクールなスラッシュ・メタルが炸裂する。
新鋭バンドと書いたが、21世紀らしい部分はほぼ皆無。
(ほめてます)

21世紀らしい部分があるとすれば、80年代の多くのスラッシュ・メタル・バンドの多くにありがちだったドシャメシャな演奏とぐちゃぐちゃな音質ではなく、しっかりした演奏とクリアな録音で仕上げられていることだろう。
昨年冬にこのデビューEPのレコーディングを始めるまでに、1年以上のリハーサルを経ているという。
(もっともこのコロナ禍でその時間がたくさんあり、またそうするしかなかったのではと)
音楽性自体は、本当にマニア大喜びの80年代的スラッシュ・メタル。
ザクザクのクランチーなリフからして、上に挙げた影響源の中では特にEXODUSの影が濃い感じ。
ただ、本編5曲中3曲が5分以上と、疾走しつつも構成や展開を大事にしている中で、2分以下の「Rusty Nail」を聴くと、ハードコアやクロスオーヴァー勢も好んで聴いているのでは、と思わされる。
また、1曲目「Panzerschreck」という曲名にはやはりジャーマン・スラッシュ勢の影響を見る。

あと、全曲英語詞なのに、何故か歌の響きがあちこち日本語っぽく聴こえるの(笑)。

国内盤は「Rusty Nail」のライヴ・ヴァージョンとTANKARD「Zombie Attack」のカヴァーを収録。
24日リリース。

『最新科学で探る日本史』

最新科学で探る日本史.jpg昨年の『激戦の再現CGと戦略地図で蘇る! 独ソ戦のすべて」(https://lsd-blog.at.webry.info/202012/article_6.html)に続く歴史関連の仕事です。
宝島社TJ MOOK『最新科学で探る日本史』。
”執筆協力”として、本文の7割ぐらい担当しました。

項目毎に、大学教授をはじめとする専門家12人が監修を担当して、旧石器時代~江戸時代に至る日本史の真実を最新科学で探っていく、という本になっています。
コレ面白いですよ。

例えば、
・旧石器時代の人類は陸伝いではなく海を渡って日本に来たはず
・中宮寺の半跏思惟像は元々極彩色だった
・菅原道真の「呪い」はただの自然現象だった
・「壇ノ浦の戦い」の勝敗を決したのは潮流の変化ではなかった
・毛利元就「三本の矢」、実際には折れる
・急な思い付きではなく周到に計算されていた「本能寺の変」
・豊臣秀吉「中国大返し」は実は陸路ではなく海路ではなかったか
・「真剣白刃取り」は不可能
・「大坂冬の陣」で徳川家康軍の大砲は全然当たらなかった
とか。

オールカラーで写真や図版も多く、読みやすいです。
歴史好きな皆様は是非お読みください。


『最新科学で探る日本史』、16日から発売中。

DESTROY ALL MONSTERS/SILVER WEDDING ANNIVERSARY(1996)

DESTROY ALL MONSTERS.jpgDESTROY ALL MONSTERSについては昨年にバンド編成時代の編集盤『NOBEMBER 22. 1963』(https://lsd-blog.at.webry.info/202007/article_2.html)を紹介したが。

90年代初頭にナイアガラ(ヴォーカル)とロン・アシュトン(ギター)を中心とした再編DESTROY ALL MONSTERSと言えるDARK CARNIVALがしばらく活動した後、90年代半ばになって今度は前衛アート集団だった初期のDESTROY ALL MONSTERSそのものが当時のメンバーで復活したのには驚いた。
コレはその1995年の”リユニオン・ツアー”から、デトロイトとLAとサンディエゴでのライヴの模様を収録した15曲72分半。

黒と銀のシルクスクリーンのジャケットがとても良い感じ。
DESTROY ALL MONSTERSとしてマイク・ケリー、ケアリー・ローレン、ナイアガラ、ジム・ショウの4名がクレジットされているが、誰が何をやっているのかは不明。
70年代のDESTROY ALL MONSTERSがR&Rバンドに変化してからもしばらくギタリストとして残っていたケアリーが、ヴォーカル以外にギターとサンプラーを担当しているらしい。
他の3人はヴォーカルか。
DARK CARNIVALのメンバーだったグリーシー・カーリシ(ベース、ドラム)やTHIN WHITE ROPEのデイヴ・ミュラー(ベース、トランペット)らが演奏面でサポートしている。

演奏の方は、カッコいいデトロイトR&Rを聴かせたバンド時代のDESTROY ALL MONSTERSとは当然ながら似ても似つかない。
いきなり発掘されて多くの人を驚かせた1994年のCD3枚組編集盤『1974 1976』で聴ける初期DESTROY ALL MONSTERSからそのまんま地続きな、アヴァンギャルドなやりたい放題が15曲72分半に渡って詰め込まれている。

イントロの侘しいオルガン・ソロはLAでのライヴをサポートしたサヴィアー・ブーシロンによるロイ・オービソン「In Dreams」のインストゥルメンタル・カヴァーで、その後もロバータ・フラック「Killing Me Softly」(ナイアガラじゃなくて誰か男性メンバーが歌っている…)、そしてYES「Clear Days」と、カヴァーの選曲からしてワケがわかりません。
2曲目「Magic Bag」ではいかにも映画『海獣総進撃』の英語タイトルから名前をとった人たちらしく、「モスラの歌」が鳴り響く。
とにかくアヴァンギャルドでノイジーな世界が延々続きます。
バンド時代のDESTROY ALL MONSTERSしか知らなくてこのアルバムに手を出してしまい、聴いてびっくりとかがっかりとかいう人もいただろうか(笑)。
むしろFAUSTとかTHE RESIDENTSとかが好きな人が喜んで聴くような作品だろう。

DESTROY ALL MONSTERS、復活してからはかなり活発で、このライヴ盤がリリースされた1996年にはなんと来日も果たしている。
それまでは謎に包まれた存在だったのが、作品も多く出るようになった。
しかしSONIC YOUTHのアートワークでも知られたマイク・ケリーが2012年に亡くなり。
以降はDESTROY ALL MONSTERSとしては活動していない様子。
ちなみにバンド時代を支えたマイケル・デイヴィス(ベース:元MC5)もマイクの少し後に亡くなっている。

Here Comes The…

a-ha.jpg新型コロナウイルス新規感染者が大して減ってもいない状況で緊急事態宣言が解除されようとしている今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

名古屋アポロベイス閉店。
渋谷RUIDO K2閉店。
緊急事態宣言が解除されても、ライヴハウスや飲食店の苦境はまだ続くと思われ。


町田のマルカワ本店の閉店は、コロナ禍関係あるのかな…。
町田じゃないけど、群馬や埼玉の郊外に展開するマルカワには昔よく行ったモノだ。
(近年はさっぱりだが…)

大手居酒屋が、この1年間で873店(!)減少したとのこと。
我が地元駅前も寂しい状態になってしまった。
コロナ禍に関する解雇や雇い止めは実に9万人を超えているという。


一方で、先日も書いた通りスティーヴ・ハケットはこの6月の来日予定(今のところ)変わらず。
CLAUDIO SIMONETTI'S GOBLINも10月を予定。
(大丈夫かな…)
a-haの振替公演は来年1月に決定。
サンダーキャットは来年6~7月とのこと。
エディ・ジョブソンのファン・コンヴェンションは日時未定ながら、開催の方向らしい。

そして上野クラウンエース復活。
(今度行こう)


しかし、ここのところの一連の動き…「もう打つ手がないので緊急事態宣言は解除します。コロナに打ち勝った証としてオリンピックはやります。悪いのは国民の気の緩み」と言われている気がしてならん。
支離滅裂…しかし日々は続く。

とにかく今週を生き延びて、来週は花見だ。
(一人で)
今年の初ライヴハウスは早くても来月だな…。

訃報続く

BOREDOMS.jpg9日、村上”ポンタ”秀一死去。
視床出血。
70歳。
プロとしてのデビューが赤い鳥だったというのを、訃報で初めて知った。
個人的には何と言っても泉谷しげる&LOSER…というか、そう思う人は多いのでは。
それにしてももの凄い活躍ぶり。
五輪真弓に井上陽水、オフコースに加藤和彦、角松敏生、沢田研二、浜田省吾、山下達郎、吉田美奈子。
イルカの「なごり雪」もキャンディーズ「年下の男の子」も。
そして「はじめ人間ギャートルズ」や「宇宙戦艦ヤマト」も!
ここまで八面六臂なドラマー、今後もう出ないのでは。
ちなみにBOREDOMSの「Anal By Anal」(画像)も、村上秀一のドラム(教則用音源)をサンプリングしていたのだそうで…。

10日にはロジェ・トリゴーが亡くなったという。
死因は不明。
69歳。
UNIVERS ZERO~PRESENTの暗黒大魔王。
チェンバー・ロックの権化。
長らく車椅子生活ながら、近年も活動していたはず。
”RIO Japan Festival”で初来日したのがもう7年前のことだったか。

11日にレイ・キャンピが。
これまた死因は不明ながら、睡眠中に亡くなったとのこと。
86歳。
STRAY CATSにも影響を与えたイカレたロカビリアン…というイメージが強かったが、実は25年間高校で教鞭をとっていたのだという。
2001年に来日した時点でもう66歳だったのだなあ。

15日に大塚康生。
やはり死因は不明。
89歳。
『ルパン三世』も『未来少年コナン』も、この人いてこその、あの動きだった。
89歳…東映動画に入社したのが25歳、『カリオストロの城』の時点で既に48歳だったとは。
プラモデルのタミヤとも縁の深い人だった。

そして大塚康生と同じ15日に、ヤフェット・コットーが。
これも死因は不明。
81歳。
『007 死ぬのは奴らだ』のMr.ビッグ。
そのイメージを引きずって観た『エイリアン』のパーカーは全然違う感じで。
『ハワイ5-0』や『ルーツ』にも出ていたんだなあ。
近年はフィリピン在住だったらしい。


レイ・キャンピや大塚康生に較べてしまうと、ロジェ・トリゴーや村上”ポンタ”秀一は凄く若く感じるが。
実際まだまだやりたいことがあったのでは、と思う。
60代にせよ80代にせよ、御冥福をお祈りします。

CREEDENCE CLEARWATER REVIVAL/THE CONCERT(1980)

CCR.jpgCREEDENCE CLEARWATER REVIVAL(以下CCR)については、ずっと前に全盛期のシングル「Up Around The Bend」(1970年:https://lsd-blog.at.webry.info/201607/article_980.html)を紹介したが。
こちらはバンド解散後の80年にリリースされたライヴ盤。

『THE ROYAL ALBERT HALL CONCERT』『THE CONCERT』『IN CONCERT』と、再リリース毎にタイトルが変わっている。
そもそもROYAL ALBERT HALLでのライヴではなかったということで、改題は当然だった。
現在俺の手元にあるのは1986年の米盤CD。
ライナーノーツはグレッグ・ショウが手掛けている。

1970年1月31日、OAKLAND COLISEUMでのライヴ。
4thアルバム『WILLY AND THE POOR BOYS』(69年)リリース後。
7曲のシングル・ヒットを生み全米1位となった70年のアルバム『COSMO'S FACTORY』リリース前のステージだが、この時点でも既に全盛期。
「Born On The Bayou」「Green River」「Travelin' Band」「Who'll Stop The Rain」「Bad Moon Rising」「Proud Mary」「Fortunate Son」「The Midnight Special」「Down On The Corner」「Keep On Chooglin'」…と、馴染み深い名曲が次々と放たれる。

初期には「Suzie Q」や「I Put A Spell On You」といったカヴァーも多くフィーチュアしていたバンドだったのが、ここでは全14曲中、純然たるカヴァーはレイ・チャールズなどで有名な「Night Time Is The Right Time」だけで(「The Midnight Special」はトラディショナル・フォークをジョン・フォガティが独自にアレンジしたモノ)、12曲はジョンのオリジナル。
それがまあ名曲ぞろいなのだから、当時のジョンのソングライティングの才には恐れ入る。

そして、4人のメンバー一丸となってぶちかます、ゴツくてガッツィーなR&R。
「Travelin' Band」「Fortunate Son」「Keep On Chooglin'」あたりはもうたまらんですね。
「Born On The Bayou」が5分、「Tombstone Shadow」が4分ある以外は2~3分の曲で次々に畳みかけ、最後は9分に及ぶ「Keep On Chooglin'」でKO。
ホントにカッコいい。
このカッコいいバンドが、1968年のデビュー後、短い全盛期を経て72年までしか持たなかったとは(しかも最後の約1年はトム・フォガティ抜き。唯一の来日もトリオ編成だった)。

このライヴ盤は全米62位。
1980年…時代はCCRのようなバンドを求めていなかったということか。
しかしその5年後、ジョン・フォガティはソロ・アルバム『CENTERFIELD』を全米1位に送り込む。
一方でCCRのまともな再結成は一度も実現しないまま、90年にはトム・フォガティが亡くなっている。

『PROG MUSIC Disc Guide ~プログレッシヴ・ロック/メタル/オルタナティヴの現在形~』

PROG MUSIC Disc Guide.jpgはい、界隈で話題の1冊。
ちょっとだけ参加させていただきました。

タイトルからもわかる通り、”「2000年代以降のプログレッシヴ・ロックとプログレッシヴ・メタル、そしてその周辺に位置するバンド/アーティスト」に焦点を当てたディスク・ガイド”(前書きより)。
DREAM THEATER、スティーヴン・ウィルソン、MARILLION、THE FLOWER KINGS、SPOCK'S BEARD(ニール・モース)、ANATHEMAの6組を軸に、それらと関連するアルバムを紹介していくというモノ。
その数500枚以上。

その中で俺が紹介しているのは、

ANATHEMA
CYNIC(×3)
DIZZY MIZZ LIZZY
ENSLAVED
MESHUGGAH(×2)
SUNN O)))
TOOL

…の10枚。
全体の2%以下ですから、大した貢献はしてませんが。

”現代のプログレッシヴ・ロック”を”次世代”に向けて紹介していく、という明確なテーマがあるので、当然のことながらKING CRIMSONもYESもGENESISもPINK FLOYDもEL&Pも載ってません。
でもANGEやTHE ENIDやFATES WARNINGやKAIPAやKANSASやPENDRAGONやRUSHは載ってるよ。
ともあれこのブログを御覧の皆様で俺が紹介している7組にピンと来た人は買いでしょう。
俺もこれからじっくり読んでみます。
17日発売。

KEN HENSLEY/MY BOOK OF ANSWERS

KEN HENSLEY.jpg昨年11月4日に亡くなったケン・ヘンズレー(元URIAH HEEP~BLACKFOOT他)の遺作となったソロ・アルバム。
ライナーノーツを書きました。
2月25日のリリースだが、現物が我が家に届いたのは一昨日。

KEN HENSLEY & LIVE FIREでの活動もあったが、ケン・ヘンズレーのソロ名義のオリジナル・アルバムとしては2012年の『LOVE & OTHER MYSTERIES』以来9年ぶりの作品だった。

ライナーノーツ執筆の時点ではクレジットなどの情報がほとんど未着だったので、ここで補足しておくと、リード・ヴォーカル、ギター、ピアノ、ハモンド・オルガンを自ら担当したケン・ヘンズレー以外の参加メンバーは、イジー・クエート(ギター)、モイセス・セラーゾ(ベース)、フランチェスコ・セヴェリーノ(ベース)、トミー・ロペス(ドラム、キーボード他)、ハッケ・ナイツ(ピアノ)、ダヴィド・ゴンザレス(ピアノ)、エカテリーナ・ナダレシンヴィリ(バッキング・ヴォーカル)、ロベルト・ティランティ(バッキング・ヴォーカル)、ベリンダ・キャンベル(バッキング・ヴォーカル)、ロージー・ドゥーナン(バッキング・ヴォーカル)。
LIVE FIREのヴォーカリストだったロベルト(LABYRINTHで有名)と女性コーラスのうち2人以外はほとんどがスペインのミュージシャンと思われる。

LA STORIA DEI NEW TROLLSやLATTE E MIELEのメンバーとして来日も果たしているロベルト・ティランティ以外はほとんどが無名な人ばかりだが、イジー・クエートはスペインのU2トリビュート・バンドTHE FLYのメンバー。
モイセス・セラーゾはスペインのバンドLEANDRO & THE HIGH ROLLERSのメンバー。
トミー・ロペスは以前にもケン・ヘンズレーのアルバムに参加し、プロデュースも手掛けていた人。
(今回、シンセサイザーはトミーが担当しているようだ)
ロージー・ドゥーナンはピーター・ゲイブリエルやデイヴィッド・ローズのバンドにも参加していた英国人シンガー。

このアルバムはケン・ヘンズレーが住んでいたスペインで偶然に出会ったロシアのアマチュア詩人ウラジミール・エメリンの詩を英訳し、ケンが曲を付けた作品集となっている。
ライナーノーツ執筆時にはその歌詞も未着だったのだが、アルバムのブックレットには全曲の歌詞を掲載。
また、中ジャケットには生前のケン自身がウラジミールとの出会いについて書いたセルフ・ライナーノーツがある。
そしてブックレットにはケンのマネージャー、スティーヴ・ウェルトマンによるライナーノーツも掲載されている。

ケン・ヘンズレー自身のライナーノーツでは、ケンとウラジミール・エメリンによる更なるコラボレーションのプランが語られている。
しかしそれはかなわぬまま、ケンは75歳で世を去ってしまった。
ともあれケンとウラジミールによるアルバムはこうして残された。
音源自体はライナーノーツ執筆時に何十回も聴いたが、改めて歌詞を読みながら味わい直してみようと思う。

THE BEVIS FROND/MIASMA(1987)

BEVIS FROND.jpg英国ネオ・サイケの裏番長(?)、記念すべき1stアルバム。
元々オリジナルのLPとCDで曲数が全く違い、その後も再リリース毎に内容が違うのだが、現在俺の手元にあるのは2001年の再発CD。
77分18曲も入っている。

俺がTHE BEVIS FRONDを知ったのはやはりというか(?)トゥインク絡みで、1990年にリリースされたBEVIS AND TWINK名義のアルバム『MAGIC EYE』を買ったのが最初だった。
その時点では何処の誰やらわからないレトロなネオ・サイケの人という認識だったBEVIS FROND=ニック・サロマンだったが、実際にはそんなもんでは済まされなかった。

ニック・サロマンが音楽活動を開始したのは60年代のTHE BEVIS FROND MUSEUMに遡るという。
(って、今何歳よ?)
70年代にはODDSOCKSというデュオで活動し、アルバムもリリースしたとのこと。
1979年にTHE VON TRAP FAMILY(バンド名は映画『サウンド・オブ・ミュージック』からだろう)を結成し、自身のレーベルであるウォロンゾウはこの時にスタートしたのだそうで。

1982年にはのちにTHE BEVIS FRONDでも一緒に活動するマーティン・クロウリー(ドラム)とのデュオ・ROOM 13を結成。
しかし82年6月にバイク事故で左腕を複雑骨折する重傷を負い。
回復後の86年にスタートしたのがBEVIS FRONDだった。

そうしてニック・サロマンが2トラック・レコーダーによる宅録で作り上げたのが『MIASMA』。
オープニングのSE的なインストゥルメンタル「Garden Gate」から、恐ろしくローファイな音質のサイケデリック・サウンドがうなりを上げる。
その時点でドグサレ垂れ流しサイケを予感するのだが、さにあらず。
続く「She's In Love With Time」から、じっとりと湿っていながら一方で非常にキャッチーなメロディが炸裂する。

ニック・サロマンはTHE BEVIS FRONDのスタートに際して、ジミ・ヘンドリックスとTHE WIPERSとTHE BYRDSからの影響に英国的な感覚を加えることを意識したのだという。
なるほど「High Wind In The Trees」あたりは、確かにBYRDSの影響を感じさせる。
そこに自身の英国的なフィーリングを持ち込むことでオリジナリティが生まれ。

そんなニック・サロマン=THE BEVIS FROND、単なるアングラ大魔王では終わらなかった。
TEENAGE FANCLUBやDINOSAUR Jr.がBEVIS FRONDからの影響を標榜。
『MIASMA』でも、「Splendid Isolation」あたりを聴くとTEENAGE FANCLUBに与えた影響はよくわかる。
そしてニックのギター・ソロは随所で確かにJ・マスキスと共通するセンスを感じる。
90年代末頃には、BEVIS FRONDはCROSSBEATなんかでもフツーに紹介されるようになっていたのだった。

そしてその後も活動は続いている。
THE BEVIS FROND名義の単独作だけでも既に20枚以上。
トゥインクやカントリー・ジョー・マクドナルドなどとのコラボレーション他も含めると、そのリリースはとんでもない数に。
アンディ・ワード(ドラム:元CAMEL他)やエイドリアン・ショウ(ベース:HAWKWIND、MAGIC MUSCLE他)などのメンバーが出入りする一方でMAGIC MUSCLEのアルバムに参加したり。
ってかニック・サロマン、ホントに何歳なんだろう…。

それぞれの老境

DAVID GILMOUR.jpgミック・フリートウッドとリンジー・バッキンガムが仲直りしたとのこと。
ピーター・グリーンの死に際して連絡を取り合うようになり、関係を修復したのだという。
リンジーがFLEETWOOD MACに加入した頃には既に影も形もなかった(?)ピーターの存在がそのように作用したとは、縁は異なものとか言うべきなのかどうか。
それにしても、本当に仲直り?
訴訟までやった間柄だというのに…。

スティーヴ・ヴァイは、難しいポジションばかり押さえていて指を傷めてしまい、しばらくギターが弾けないという。
あらら…。
超絶技巧の人スティーヴも、昨年還暦を迎えている。
その超絶技巧で食ってきたプロだし、商業音楽家以前にアーティストとして他人と同じようなありきたりなプレイをしないという矜持もありそうだが、指は大事にしてくださいよ…。
(ってかALCATRAZZの2代目ギタリストとして彼を知った時点で24歳だったかあ)

デイヴィッド・ギルモア、好きなことを自由にやれている現状に満足しているので、PINK FLOYDの再活動はもう絶対やりたくないとのこと。
実際その方がイイと思う。
ロジャー・ウォーターズ不在のPINK FLOYDは、言ってみれば”仏作って魂入れず”みたいなもんだと、ずっと思っていた。
(音楽的な完成度の高さはもちろん認めるし、ロジャー離脱以降も魅力的な曲はあったが)
自分のバンドで初期PINK FLOYD楽曲を演っているニック・メイスンの活動はそれはそれでアリだと思うけど、ニックと違ってソロ・アーティストとしても充分な実績があるデイヴィッドだし。
PINK FLOYDの名前を持ち出さなくても、ソロのライヴで何曲かPINK FLOYDの楽曲を演るだけでOKじゃないかと。


ミック・フリートウッド73歳。
リンジー・バッキンガム71歳。
スティーヴ・ヴァイ60歳。
デイヴィッド・ギルモア75歳。
ミックとリンジーが2歳しか違わないのにもびっくりだが、デイヴィッドの方がミックより年上というのはもっとびっくりだ。

10 Years

JUDAS PRIEST SAD WINGS OF DESTINY★.jpg3月11日。
東日本大震災から10年。
もう10年。
まだ10年。

あの時はまだ会社勤めをしていて、職場で凄まじい揺れに見舞われたのだった。
向かいのビルがしなるように揺れているのが見えた。
普段車で1時間の帰路に、5時間かかった。
帰宅してみれば床には割れた食器が散乱し。
仕事部屋は足の踏み場もなく。
(PCの前に座れるように”道”をつけるのに2日かかったと記憶する)
便器の中の水が全部こぼれてしまい、トイレの床が水浸し。
1週間ほど経って、ガソリンを入れるために4時間待った。
食パンも牛乳も、しばらく手に入らず。
一時期煙草さえ売っていないこともあった。

10年経ったとて、津波が押し寄せた地域の人たちには何の区切りでもないだろう。
何しろ、避難生活を続けて故郷に帰れない人たちがいまだ4万人もいるのだ。
そして、立ち入ることが出来ない場所は今も広範に残っている。
アンダーコントロールどころか、溶けだした核燃料を回収するめどさえ立っていない。
福島第一原発が放射線を出し続け、ふるさとに帰れない人がいる限り、東日本大震災という事象は今も続いている。

そして10年経った今、日本どころか世界がコロナ禍の中にあり。

かつて福島ナンバーの車が忌避され、被災地の人々がいわれなき差別を受けた。
今は新型コロナウイルス感染者が同じように忌避され差別され。
頭の悪い連中は、生き残りに必死な飲食店やライヴハウスや、そして特定の国を叩くのに余念がない。
一方で無策の政権がのさばっている。
大半の日本人がこの10年何も学んでこなかった、としか考えられない状況は、悲しいばかりだ。
被災地を置き去りに”復興五輪”などとぶち上げたのが、今や”人類がコロナに打ち勝った証として”ときた。


10年前、エンターテインメント関連が”不謹慎”と叩かれた。
そんな時に「自分たちは笑顔で歌を届けることしか出来ない」と発言して活動に邁進したのが、当時AKB48にいた前田敦子だった。
AKB48には何の興味もなかった俺だが、彼女の発言には「なるほど」と思い。
それで、被災地支援を謳うDJイヴェントから声がかかれば万難を排して出演し、少額ながら募金もした。

ところがこのコロナ禍…イヴェント自体が出来ないときた。
何たる悲惨さよ。
しかも10年前と違って、コロナ禍は自分の仕事にもとんでもなく大きな影響を及ぼし。
元々明日をも知れない暮らしだったのに、それに拍車がかかってしまった。


まあ仕方ない。
とにかく正気を保って、死ぬまで生きるだけだ。
差別主義にも陰謀論にも与せずに。
世間の”まとも”な枠組みからは外れて久しいが、自分自身にとっての”まともさ”を貫くしかない。
(来月以降DJも再開の予定です)


3月11日。
パンや牛乳やガソリンが手に入らなかった日々のことを忘れないようにしよう。
東日本大震災で亡くなった人たちの魂が安らかならんことを、そしていまだ避難生活を送る人たちに少しでも幸あらんことを。

THE ANIMALS/ARK(1983)

ANIMALS ARK.jpg遅ればせながらヒルトン・ヴァレンタイン追悼。

THE ANIMALSについては昨年に最初期のライヴ音源『LIVE AT THE CLUB A GO GO』(https://lsd-blog.at.webry.info/202006/article_17.html)を紹介したが。
こちらは2回目の再結成時にリリースされたアルバム。

俺が洋楽を聴き始めた80年代前半、レコード屋のAのコーナーではこのアメコミ調のジャケットがよく目立っていた。
実際に買ったのは90年代に入ってから。

コレがまあ、見事に語られないアルバムだ。
駄作扱いされるどころか、ほとんど語られない。
悪いアルバムじゃないんだけどね。

ブルーズ/R&Bに根差した初期の音楽とも、サイケデリックに傾倒したERIC BURDON & THE ANIMALSとも、基本的に全然違うことをやっている。
それが「これじゃない」感をもって迎えられた、というところだろうか。
もっとも、オリジナルの5人編成が1965年に失われた後、バンドの顔だったエリック・バードンは初期THE ANIMALSみたいなことを一貫してやってこなかったワケで。
エリックだけではない。
それぞれの活動を経た各メンバーに昔の方向性を再現するつもりなどなかったのは当然だった。

この時点でエリック・バードンもアラン・プライスも30代の初め。
最年長だったチャス・チャンドラーでもやっと30代半ば。
全員が単に昔の名前で出ていますではない、80年代の現役バンドとしてのTHE ANIMALSを聴かせようとしていたはず。
その結果が、比較的黒人音楽色薄めな、当時の彼らが考えたであろう”80年代のコンテンポラリーなロック”に結実している。

「Love Is For All Time」、そしてCDのボーナス・トラックとして収録されたシングルB面曲「No John No」と、レゲエが導入されているのが興味深い。
特に「Love Is For All Time」は、個人的にはこのアルバムの中で一番良い曲だと思っている。
一方で、モロにブルーズっぽいほとんど唯一の楽曲「Trying To Get You」での力みかえるヴォーカルに、「もっとこういうの演ってくれればいいのに」と思ったファンが多かったであろうことも想像に難くない。

サックスとシンセサイザーがかなりフィーチュアされているが、サックスはもちろんのこと、シンセもアラン・プライスではなくゲスト/サポートのミュージシャンがプレイしていた様子。
サックスはALAN PRICE SETのメンバーだったスティーヴ・グレゴリー。
(GINGER BAKER'S AIRFORCEやGONZALEZにも在籍。このアルバムではソロも多く、かなりイイ仕事をしている)
シンセはチャス・チャンドラーがプロデュースしていたTOP SECRETのメンバーだったスティーヴ・グラント。
(のちにSWEETに参加している)

それにしても「Just Can't Get Enough」のイントロなんてTOTOみたいに聴こえるぞ…。
シンセサイザーが目立つシングル曲「The Night」(元々エリック・バードンのソロとして書かれた曲)が全米48位。
アルバムは66位。
メンバーの望んだ成功には程遠かったはず。
結局、このアルバムがTHE ANIMALSとして最後のアルバムになった。

名作でも傑作でもないが、70~80年代のエリック・バードンのソロとかに較べたら随分出来のいいアルバムでは、という気がする。
チャス・チャンドラーもヒルトン・ヴァレンタインも亡き今となっては、再結成ももうあり得ない。

そしてまた春に散る

PROCOL HARUM.jpg訃報が続くことである。

4日にアラン・カートライトが亡くなったという。
さっき知ったニュース。
PROCOL HARUMのベーシスト。
胃癌を患っていたとのこと。
75歳。
PROCOL HARUM後期に在籍。
1973年の名作『GRAND HOTEL』(画像)他で弾いていたのがこの人だった。
PROCOL HARUM以前は、BRIAN DAVISON'S EVERY WITCH WAYで活動。
再編後のPROCOL HARUMにも一度参加しているが、77年にバンドが一度解散して以降は基本的にプロのミュージシャンではなく、バーを経営していたらしい。

7日にL-G・ペトロフが。
ENTOMBED~ENTOMBED A.D.のヴォーカリスト。
胆管癌。
49歳。
癌で闘病中というのは以前から伝えられていたが、
遂に力尽きたか…。

そして8日にジェイムズ・マクゴウ。
MAGMAのギタリスト。
脳腫瘍だったという。
52歳。
MAGMAの来日は2回観ている。
クリスチャン・ヴァンデとステラ・ヴァンデ以外は正直誰が誰やら、という状態で観に行ったのだが、そのステージで、およそ地味なたたずまいながら、往年の名リフをバリバリ弾いていたのがジェイムズだった。
ソロの新作(残念ながらジェイムズ自身は演奏していないものの)をリリースしたばかりだったのにな。


脳腫瘍を含めると、全員が癌だ。
若いうちに癌にかかった方が進行は早いというしな。
しかし49歳とか52歳とか…まだまだ先があったはずなのに。
御冥福をお祈りします。

やれるんか

STEVE HACKETT.jpg昨日までのはずだった緊急事態宣言が再度延長となった日々を生きる関東圏の皆様(俺も含まれるが)、いかがお過ごしでしょうか。

…とか言っても飲食店を20時に閉めさせて、規模に関係なく1日当たり6万円しかくれない、という何ともぼんやりした”緊急事態宣言”。
今年に入ってから、20時以降までやってる店に一度だけ入ったことがあるけど。
20時過ぎてからいきなり満席になってた。
こんな調子で感染拡大が抑えられるもんでしょうかね。

緊急事態宣言の延長が予定通り今月21日までとして、解除されたらすぐに聖火リレーを開始しないとオリンピックに間に合わない。
で、そのオリンピック、海外からの客は入れない方向、みたいな話になっている。
ってかホントに出来るんかい。

いわゆるインバウンドがほとんど皆無になって、観光業や飲食業が壊滅の危機に瀕している今日この頃。
観光客だけでなく、ミュージシャンとかの演者も全然呼べないワケで(それでオリンピックの海外選手団は呼べるの? 呼べたとしても来ない国多そう…)。
ライヴハウスも相変わらず大変な状況だが、海外ミュージシャンとかの招聘に携わるプロモーターがまたヤバいそうで。
報道されるまで知らなかったけど、出演者の過半数が日本人じゃないフェスティヴァルとかは補償の対象にならないんですってね。
そりゃねえよ…。

繰り返すが、海外の選手団来られるのか。
”Download Festival”は2年連続の中止という。
ミュージシャンが身動き取れなくてスポーツ選手はOK、っていう方がむしろ不自然だよね。

そんな中、スティーヴ・ハケットの来日予定がアナウンスされている。
予定は6月。
大丈夫か?
来られるのかスティーヴ…。

V.A./TRAVELLERS AID TRUST(1988)

TRAVELLERS AID TRUST.jpg以前”ニュー・エイジ・トラヴェラーズ”(もの凄くざっくり言うと、定住せずに車上生活を続けてフリー・フェスティヴァルとかに現れる英国ヒッピー集団、みたいな)について2回ほど書いて、このアルバムも引き合いに出していたが、このオムニバス自体についてちゃんと書いたことはなかった。

『TRAVELLERS AID TRUST』は、そのニュー・エイジ・トラヴェラーズを取り締まる法律に対する反対を表明し、反対運動の資金調達のためにリリースされたオムニバス、らしい。
俺はHAWKWIND目当てで買ったんだけど。
(札幌のRECORDS-RECORDS琴似店だった)
ジャケットにはでっかくHAWKWINDの名前があり、パッと見た時にはHAWKWINDのライヴ・アルバムか何かかと思ったし。
中身を聴く前には、トラヴェラーズ支援のためのフェスティヴァルとかイヴェントとかの模様を収録したライヴ・アルバムかと思っていた。
実際の内容は、ライヴもあるものの、大半がスタジオ録音。
トラヴェラーズについてやその支援などについて書かれた小冊子が付属しているが、オムニバスに参加しているバンドについての説明などは一切なし。
見開きジャケットの内側を埋め尽くしたバンド写真も、どれがどれやらわからない。
(見てわかるのはHAWKWINDとニック・ターナーとHIPPY SLAGSぐらい)

A面冒頭2曲がお目当てのHAWKWINDのライヴ音源。
もっとも、御馴染みの「Brainstorm」に続く「Blue Dreamer」(元々の曲名は「Dream Worker」だが、ここでは「Blue Dreamer」と表記)はすぐにフェイド・アウトしてしまう。
(2曲はひとつながりになっていて、中間に「You Shouldn't Do That」っぽいパートもある)
そのあとにデイヴ・ブロックのAGENTS OF CHAOSが1曲。

続いてOZRIC TENTACLES。
1988年といえば彼らがまだカセットしかリリースしていなかった時期で、レコード化されたモノとしては最も古いOZRIC TENTACLESの音源になると思う。
俺がOZRIC TENTACLESを知ったのがこの時だった。
この時点で既にスペース・ロックとエスニック要素を融合したような謎の音楽を演っているが、ヘヴィな反復ビートは後年よりずっとHAWKWINDっぽい。

B面はRHYTHMITESとTUBILAH DOGS。
RHYTHMITESは1986年に結成されたレゲエ・バンドで、アルバムを何枚か残している。
「I & I」という曲名からもわかるとおり、いたって普通のレゲエ・バンド。
当時の英国のフリー・フェスティヴァルの常連だったらしい。
TUBILAH DOGSは90年代にアルバムを1枚リリースしているが、バンドの詳細は知らない。
サウンドはやはりと言うべきなのか、かなりHAWKWIND色が強い。

C面はCULTURE SHOCKとHIPPY SLAGSとISRAEL MOVEMENT。
CULTURE SHOCKはSUBHUMANSのディック・ルーカス(ヴォーカル)を中心とするアナーコ・スカ/レゲエ・バンド。
1986年に結成され、89年に解散しているが、2013年に再結成し、現在でも活動しているらしい。
アルバムもたくさん出している。
HIPPY SLAGSはその後一時期HAWKWINDに参加したブリジット・ウィシャート(ヴォーカル)を中心とする女性バンド。
いわゆるポスト・パンクとネオ・サイケの中間みたいな音。
ステージ映えするルックスのためか、HIPPY SLAGSは1曲しか収録されていないのに、中ジャケットの写真の扱いが大きい。
ちなみにブリジットという人、かなり気が強い女性だったとかで、HAWKWINDに短期間しか在籍しなかったのはそのためだろうか。
ISRAEL MOVEMENTはアルバムを2枚残しているレゲエ・バンドで、RHYTHMITES同様というか、バンド名から想像出来るようなごく普通のラスタ系バンド。

D面には4組。
SCREECH ROCKとRADIO MONGOLIAは全く正体不明。
SCREECH ROCKは子供っぽい声の女性ヴォーカルとアジるような男声ヴォーカルをフィーチュアしたパンク・ロック/ポスト・パンク。
RADIO MONGOLIAは語ったり調子っぱずれに叫んだりするヴォーカルを前面に出したフリー・ロック(?)の趣。
続く2000 DSはイギリスだけでなく、ヨーロッパ各国やアメリカから来たメンバーも集まった、放浪するスクワッターの集団だったらしい。
アルバムを5枚リリースしているが、2003年に解散したという。

ある意味一番の聴きモノなのは、D面のラストに収録されたニック・ターナーかも知れない。
「Silver Machine」のサックス”吹き語り”(…)。
当然ながら歌っている時はサックスを吹けないので、歌うパートではアカペラ。
観客の手拍子と、アナログ・シンセサイザーと思われるノイズがかぶさるのみ。

HAWKWINDやOZRIC TENTACLESが、今でもニュー・エイジ・トラヴェラーズの支援に関係しているのかどうかは知らない。
何しろ日本ではトラヴェラーズに関する情報は少な過ぎる。
以前にも載せたが、トラヴェラーズについて日本語で説明されたサイトはhttp://www.news-digest.co.uk/news/news/in-depth/8034-travellers.htmlぐらいしか見当たらず。
『TRAVELLERS AID TRUST』の小冊子で写真が見られる、窓もないようなおんぼろのバスで暮らす彼らは、このオムニバスから30年以上が経過し、新型コロナウイルスの脅威にさらされる英国の地で、どのように過ごしているのだろうか。

春に散る

SPINAL TAP DVD.jpg先月25日に声優の菅谷政子が亡くなっていたという。
死因は不明。
83歳。
『家なき子』のレミや『忍者ハットリくん』のケン一で主役・準主役を務めていたが。
個人的には『エースをねらえ!』のマキに尽きる。
最初のアニメ化から作を重ねるうち、主人公役でさえ声優が入れ替わっていた『エースをねらえ!』にあって、同じ声だったのはマキだけだったはず。
TVアニメ版第1作(1973年)の時点で既に36歳だったが、OVA『ファイナルステージ』(89年)の時にはもう52歳。
(俺自身は79年の劇場版以降は観てないものの)
『家なき子』(77年)の時も40才だったはず。
声優ってすげえなあ。

28日にはイアン・ノースが。
これまた死因は不明。
68歳。
MILK 'N' COOKIESのギタリスト。
ニューヨーク・パンク界隈でも一際ポップな音楽性で異彩を放ったバンドだった。
イアン自身はもう音楽活動から引退していたようだが。

今月に入り、2日にバニー・ウェイラーが亡くなったとのこと。
昨年7月に脳卒中で倒れていたそうで。
73歳。
彼が去った後もTHE WAILERSというバンド名はしばらく残っていたが。
遂にオリジナル・メンバーが全員いなくなってしまった。
嗚呼。

4日にトニー・ヘンドラ。
ALSを患っていたという。
79歳。
『スパイナル・タップ』(https://lsd-blog.at.webry.info/201806/article_10.html)で強烈な存在感を放ったマネージャー、イアン・フェイス役の人。
ピーター・グラントをはじめとするロック界の名物マネージャーたちのエッセンスを見事に戯画化した演技がナイスでした。


ジャンルを問わず、誰にも死神は訪れる。
遠からず俺にも。
それは仕方のないこと。
とにかく死ぬまで生きるのだ。

螺旋/神秘の国

螺旋.jpg2月15日のリリース。
昨日届いて、ヘヴィ・ローテーション中。

約1年前にこのブログで紹介し、EL ZINEでも特集したオムニバス・アルバム『都市通信』。
その『都市通信』に参加していた螺旋の7inch。
螺旋のギタリストであり、その後LIZARDに参加したことでも知られる北川哲生自身のレーベル、ボーダー・ゼロからのリリース。
1979年4月に結成され、80年8月に解散したという螺旋は、1年ちょっとの活動の中で『都市通信』以外にはスプリットのソノシートしか音源がなかったはずなので、『都市通信』同様、非常に貴重な発掘だ。

A面は当時の代表曲だったという「神秘の国」。
ここで歌われる”神秘の国”とは、”見る影もなく””飛んでゆけない””ドアが見えない”存在であり。
そんな手の届かない神秘の国を歌う、その歌唱と演奏は、パンク/ポスト・パンクの時代らしい焦燥感に満ちたモノ。
鋭いギターもさることながら、THE STRANGLERSばりの長いキーボード・ソロが素晴らしい。
(メンバー全員STRANGLERSはかなり意識していたという。確かにベースもそれっぽい)

B面は初期のレパートリーだったという「サイケデリックゲリラ」。
曲名からはHAWKWIND「Urban Guerilla」を連想するが、もちろん(?)似てはいない。
しかしこの時期に敢えて”サイケデリック”という言葉を出すあたり、イギリスでもアメリカでも実はパンクの一部にサイケデリックの時代からの連綿とした流れがあったことを思い出してみたり。
北川哲生の特徴的なギターは「神秘の国」よりもこの曲の方が前面に出ている。
(こちらは長いギター・ソロをフィーチュア)
”螺旋階段上って”という歌詞の中にバンド名が歌い込まれているのも印象的。

250枚限定リリースとのことで、すぐに入手困難となりそうな予感。
(お店によっては、一人につき1枚のみの販売としている)

北川哲生は30年ほどもシーンを離れ、長野県で靴職人として暮らしていたが、昨年12月にソロ・アルバム『解放区1984』をリリースしている。
そちらは某誌で紹介の予定。

THE TIGERS/ON STAGE(1967)

TIGERS ON STAGE.jpgザ・タイガースについては、以前2ndアルバムにしてサントラ盤『世界はボクらを待っている』を紹介したが。
https://lsd-blog.at.webry.info/201909/article_18.html
そのアルバムは確か札幌のRECORDS-RECORDSで2500円ぐらいで買ったと記憶する。

で、1stアルバムにしてライヴ盤の『オン・ステージ』は、いつ何処で入手したのか記憶が定かでない。
確かもらったんではなかったか。

トッポこと加橋かつみ(ギター、ヴォーカル)在籍時の初期ザ・タイガースが、オリジナル・アルバムを『オン・ステージ』『世界はボクらを待っている』『ヒューマン・ルネッサンス』の3枚しか出していないと知ったのは、随分後になってからだった。
とにかく凄い人気があったのだから、アルバムなんて乱発していたに違いない、みたいなイメージがあったので。
ライヴ盤の『オン・ステージ』が彼らのデビュー・アルバムだったというのも、80年代に『世界はボクらを待っている』を買った頃には全く知らなかった。

ともあれ、職業作曲家による”歌謡曲の一種としてのグループ・サウンズ”を歌うのではない、”洋楽志向のアマチュアっぽいR&Rバンド”としてのザ・タイガースの姿が刻まれた(ほとんど唯一の)1枚になっている。
3rdシングル「モナリザの微笑」リリース直後の1967年8月22日、大手町サンケイホールでのステージ。
彼らがいわゆるジャズ喫茶での演奏からホールでのコンサートに移行し始めた時期。
B面の1曲目から3曲目までは「僕のマリー」「シーサイド・バウンド」「モナリザの微笑」と、当時のシングルA面曲をリリース順に演奏しているが、それ以外はすべて洋楽のカヴァー。
そのうち、半数以上がTHE ROLLING STONESのレパートリーで、若い5人の「ローリング・ストーンズみたいになりたい!」という意欲がガンガン伝わってくる。
ROLLING STONESのライヴ盤『GOT LIVE IF YOU WANTED』は大きなお手本だったはずだが、当時のROLLING STONESがライヴで演っていなかったはずの「Ruby Tuesday」や「As Tears Go By」を演奏しているあたりには感心してしまったり。
(「As Tears Go By」のヴォーカルはベースのサリーこと岸部オサミ)

2階席まで埋め尽くしたファンの凄まじい嬌声にかき消されそうになる演奏の方は、ほとんど必要最低限といった感じのスキルに支えられる。
しかしその分濃厚なガレージ感。
そのガレージ・バンドによる演奏が、分厚い見開きジャケットに包まれ、美麗なポートレートや湯川れい子による熱の入ったライナーノーツと共にパッケージされている。
(そしてジュリーこと沢田研二の甘い声はこの時点でやっぱり魅力的)

「ローリング・ストーンズみたいになりたい!」と思った若い5人は、多分この時点で本当にそうなれると信じていたのではないか。
しかし、「僕のマリー」「モナリザの微笑」でのロック色の希薄さ(もちろんどっちもイイ曲だけどね)が、既にこの時点で彼らのその後を決定づけていた…というのは、メンバー自身は知る由もなかったはずで。
結局”歌謡曲の一種としてのグループ・サウンズ”としてアイドル的に消費されていく状況は、加橋かつみ脱退という事態を招くことになる。


このアルバムから既に54年(!)。
ファンクラブを解散してしまった沢田研二は、更に個人事務所も閉鎖と、ちょっとニュースになっている。
ジュリー、どうしているかしら。

THE HASKELS/TAKING THE CITY BY STORM

HASKELS.jpg昨年12月のリリース。
昨日届いて、ヘヴィ・ローテーション中。

『KILLED BY DEATH』シリーズにも収録された、ミルウォーキーのオブスキュアなパンク/パワー・ポップ・バンド。
2019年にリリースされた未発表曲集『THE HASKELS』はあっという間に完売したという。
(俺は持ってない)

THE HASKELSは1979年12月31日のライヴを最後にいったん解散していて、80年に入ってすぐに違うメンバーで再スタートしている。
その新編成で80年にリリースされたのが当時唯一の音源となったEP「Taking The City By Storm」で。
『THE HASKELS』が第1期のメンバーによる70年代の音源だったのに対し、今回のアルバムはEPの4曲に、80年のデモと81年のライヴを加えたモノ。

第1期THE HASKELSから唯一残ったのがプレスリー・ハスケル(ギター、ヴォーカル)ことジェローム・ブリッシュ。
新たに加入したのが、ボビー・ハスケル(ベース)ことボビー・ミッチェルとヴォディー・ハスケル(ドラム)ことヴォディー・ラインハート。
第2期HASKELSは、リズム・セクションが黒人という、パンク・バンドとしては珍しい編成になった。
しかしステージネームは全員ハスケル姓。
RAMONESに倣ったらしいが、何故”ハスケル”?
反射的に”ゴードン”しか出てこんのだが…。
(1980年のデモ音源はオリジナル・ベーシストのリチャード・ラヴァリエの兄弟、ジェラード・ラヴァリエがギターで参加した4人編成)

脱退した旧メンバーたちは多少なりともアヴァンギャルドな志向を持っていたらしいが、プレスリー・ハスケルは新しいTHE HASKELSでの方向性について、3分間のシャープなR&Rへのこだわりを強くする。
一方でリズム・セクションが黒人だったせいか、プレスリーは第2期HASKELSのサウンドを”ソウル・パンク”とも呼んでいたという。
プレスリー自身が元々影響を受けていたのはTHE STOOGES、MC5、NEW YORK DOLLSなどで、それらをベースにしつつ、80年代のジーン・ヴィンセントあるいはエディ・コクランを目指したのだとか。

実際には第2期THE HASKELSの音は別にソウルっぽくはなく、曲によってはパワー・ポップと呼ぶべきキャッチーさを備えている。
(作詞作曲はすべてプレスリー・ハスケル)
それにしても「Taking The City By Storm」をはじめとして、速い曲はやたらと速い。
コレについては黒人リズム・セクションの志向が働いていたようで、二人はBUZZCOCKSのファンだったのだという。
なるほど、ポップなメロディと速い演奏の組み合わせはそこから来ていたか。
(パンクに入れ込んだ黒人が速く演奏…というとBAD BRAINSの例もありますね)
一方レパートリー中にレゲエ・ナンバーがあるのも、やはりリズム隊が黒人というのが関係していたかも。

しかしプレスリー・ハスケルという人はかなりエゴの強い人物だったらしく、そのせいでバンド内は上手くいかなくなり。
1981年にボビー・ハスケルが脱退。
(このCDに収録されているライヴ・テイクは、ボビーが参加した最後のライヴの音源だという)
結局第2期THE HASKELSは1年半ほどで解散してしまう。

バンド解散後、プレスリー・ハスケル=ジェローム・ブリッシュはリチャード・ラヴァリエと短期間デュオ形態で活動したが、1991年に殺されてしまったという。
ヴォディー・ラインハートはミルウォーキーで一番のブルーズ・ドラマーとして活躍し、2014年に亡くなっている。
ジェラード・ラヴァリエのバンド・THE DOMINOESに参加したボビー・ミッチェルだけが現在も存命で、このアルバムに収録されたEPの4曲はボビーが持っていたEPからデジタルに変換されたのだそうで。

ところでジャケットには14曲がクレジットされているが、実際には最後のレゲエ・ナンバー「Am I Groovin' You?」の後にもう1曲入っていて、全15曲。

Lou's Favorite Tracks

VELVET UNDERGROUND 2nd★.jpg昨夜SISTER RAYというバンドのアルバムを紹介したが、それとは別に関係なく。

もう10年近く前、このブログで、THE VELVET UNDERGROUND「Sister Ray」のリフにはアンドレ・ウィリアムズの影響があったのだろうか、という話をしたことがあった。

ルー・リードが亡くなってから随分経った今頃になって、「お気に入りの100曲」というのが公開されている。
http://amass.jp/144805/
へええ、ひょっとしてアンドレ・ウィリアムズあるかな?…と思いつつ、興味津々で見てみたよ。

結果、アンドレ・ウィリアムズの名前はなかったが。
しかし大半が黒人だ。
(ある意味予想通りではある)

ともあれなかなか興味深い。
オーネット・コールマン、ローランド・カークにはなるほどという感じ。
リトル・リチャード、チャック・ベリー、ファッツ・ドミノ、ボ・ディドリー、オーティス・レディング、ジミー・リード、ジョン・リー・フッカー、ウィルソン・ピケットなんかも納得。
ブッカー・TやSAM & DAVEはもう当然。
THE VELVET UNDERGROUND「The Gift」の片チャンネルで流れるインストゥルメンタルは元々「Booker T」という曲名だったそうだし、ルー・リードは「Soul Man」をサム・ムーアと録音していたり。
https://lsd-blog.at.webry.info/201607/article_560.html
黒人じゃなくてチカーノだけど、? & THE MYSTERIANSはやっぱり当たり前に入るだろう。
CANNIBAL & THE HEADHUNTERSやクラレンス・カーターに「流石!」と思う一方で、アルバート・キング「Born Under A Bad Sign」やB.B.キング「Rock Me Baby」には「あれっ、けっこうベタだなあ」と思ったり。
あとマーヴィン・ゲイは「Hitch Hike」とかじゃなくて「What's Going On」なんだ?…と。

白人でも、ロイ・オービソン、ディオン、ハンク・ウィリアムズ、ジェリー・リー・ルイス、リンク・レイあたりには「うんうん」と。
チェット・ベイカー「My Funny Valentine」も。
ボブ・ディランが3曲入っているのは当然というか。
ローリー・アンダーソンやモー・タッカーが入っているのは微笑ましく思えたり。
少々意外なのは(?)ライ・クーダー「Little Sister」やケイト・ブッシュ「Wuthering Heights」。
大いに意外なのは、THE LEFT BANKEが2曲も入っていたり、CARPENTERS「Superstar」が入っていたり。
あとTHE ROLLING STONESはなんで「Start Me Up」なの?
THE BEACH BOYSが入っている一方でTHE BEATLESはなくてジョン・レノンが2曲とか。


うん、コレは興味深いね。
改めて「The Gift」や「Sister Ray」の反復リフに反映した黒人音楽の影響を考えてみたりする、風の強い夜でした。

SISTER RAY/NO WAY TO EXPRESS(1988)

SISTER RAY.jpgオハイオ州ヤングズタウンで80年代半ばから90年代初頭にかけて活動していたバンドの2ndアルバム。

バンド名は当然ながらTHE VELVET UNDERGROUNDの曲名に由来するモノだろう。
1986年にライヴのカセットをリリースした後、87年に1stアルバム『RANDOM VIOLENCE』を出している。
その時点ではギター2本の5人編成だったが、この2ndアルバムではギタリストが一人抜けていて、サム・デアンジェロ(ヴォーカル、キーボード)、マーク・ハンリー(ギター)、ジョー・デアンジェロ(ベース、ヴォーカル)、ヴィンス・コラッチ(ドラム)の4人編成。
マーク以外は全員がイタリア系らしく、そのマークも含めて全員がかなり濃い顔立ち。
(ヴィンス以外の3人はイタリア系というよりも南米系かアラブ系みたいに見える)

リリース元のレゾナンスというのはニューヨークにあったレーベルで、SISTER RAY以外にPAGANSやTHE MIRRORSなども出している。
オハイオのパンク/プロト・パンク勢と何かコネクションがあったのだろうか。
…と思ったらGEORGE BRIGMAN & SPLITなんかもリリースしているのだった。
俺が持っている『NO WAY TO EXPRESS』は当然ながら(?)1988年のオリジナルではなく、2008年に再発されたモノ。

で、バンド名に反してTHE VELVET UNDERGROUNDっぽい部分はほとんどない。
(「No Escape」のサビがちょっと「Real Good Time Together」に似てるかな、というぐらい)
ポスト・パンク+ガレージ、みたいな感じの音で、どのアルバムでもやたらと曲数が多い。
この2ndアルバムも17曲も入っている。
3分以上の曲は3曲しかなく、一方で2分以下の曲が6曲。
(一番短い「Youngstown Blues」に至っては8秒。ってかコレは曲というよりもアルバムのイントロだろう)
なので、シンプルでスパッと終わる、疾走感のある曲が多い。
速い曲はなかなかにハイエナジーで良いです。
特にMC5「Looking At You」に似たリフの「Virgil Red」がかなりカッコいい。

「Fire」「Hey Hey Hey」「A Day In The Life」という「カヴァーか?」と思うような曲名のオリジナルがあるのは、多分わざとだろう。
実際には全曲がオリジナルで、アルバムの半数近い9曲をサム・デアンジェロが一人で書いている。

バンドは1990年に3rdアルバム『TO SPITE MY FACE』をリリース。
フォースト・エクスポージャーやサブ・ポップなどのレーベルからもシングルを出していて、それなりに注目されていたらしい。
しかし92年の4thアルバム『TOO MEAN TO LIVE, TOO YOUNG TO KILL』を最後に解散。
その後、メンバーの誰も音楽活動を続けなかった様子。