そして遠くへ
心臓発作とのこと。
58歳。
俺が彼のファイトを観たのは、1981年に新日本プロレスで来日した時のことだ。
40年前…当時18歳だったのか!
丸々した体型で楽しい試合を繰り広げつつ、後年には総合格闘技にも挑戦したり。
あの体つきでは心臓発作もうなずけるが、それにしても58歳とは若かった…。
今月に入り、13日にナンシー・グリフィスが。
68歳。
死因は公表されていない。
20代半ばでデビューし、売れ始めたのは30歳を過ぎてからと、遅咲きな人であった。
俺は特にファンではなかったが、レミー目当てで聴いたエルヴィス・プレスリーのトリビュート・アルバム『THE LAST TEMPTATION OF ELVIS』(1990年:画像)に収録されていたナンシーの「Wooden Heart」がとても良くて、気に入ったのだった。
思えばそのアルバムに参加していた人たちも、レミー、ミック・グリーン、フィリップ・シェヴロン(THE POGUES)、ヴィヴィアン・スタンシャル、ラックス・インテリア(THE CRAMPS)と、既にこの世にいない人が多くなってしまった…。
そして14日にジェリー藤尾。
COPDによる急性肺炎。
81歳。
彼が映画『用心棒』に出演した時も「遠くへ行きたい」がヒットした時も、流石に俺は生まれてなくて。
ジェリー藤尾という人は、家族の円満ぶりをそのままTVで披露している人、という認識だった。
『用心棒』をTVで観たのは80年代前半ではなかったかと思う。
「あれっ、時代劇にジェリー藤尾?」と思ったら、いきなり腕を吹っ飛ばされたのにはびっくりしたっけな。
(あと、「あれっ、ジャイアント馬場が出てる?」と思ったら羅生門だったり)
TVで見る温厚なイメージと違うチンピラ役にも驚いたが、彼が芸能界最強とさえ言われる喧嘩の強さだと知ったのは少し後のことだ。
しかし、80年代半ばの泥沼の離婚劇で円満家族のイメージが崩壊し、以後メディアへの露出が減り。
離婚騒動の時、二人の娘がどちらも父・ジェリー藤尾の側についたことで、何故か少し安堵したのを覚えている。
亡くなった時も次女と同居していたとのこと。
それにしても、このブログ、とうとうDJ告知よりも訃報ネタの方が多くなってしまった。
なんてこったい。
(と言いつつ近日中に告知しますが)
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