AZTEC CAMERA/NEW LIVE AND RARE(1988)
彼らの2ndアルバム『KNIFE』(1984年)リリース前後のこと。
すぐにラジオで「All I Need Is Everything」が流れるようになり、そのさわやかなネオアコ・サウンドがとても気に入ったのだが。
俺をうならせたのが、「All I Need Is Everything」のB面、THE VELVET UNDERGROUNDの多大な影響とアリーナ・ロックへの悪意を存分に詰め込んだVAN HALENカヴァー「Jump」だった…というのは多分10年以上前にこのブログで書いた。
3rdアルバム『LOVE』は、それから3年後の1987年にリリース。
その『LOVE』からシングル・カットされて、「All I Need Is Everything」(全英34位)や「Walk Out To Winter」(64位)といった初期の名曲以上の大ヒットを記録した「Somewhere In My Heart」(3位)の別ヴァージョンを軸に、レア音源を収録した日本編集盤ミニアルバムが『NEW LIVE AND RARE』だった。
7曲で26分。
AZTEC CAMERAと同じ88年9月にはECHO & THE BUNNYMENのレア音源も同じ『NEW LIVE AND RARE』というタイトルでリリースされていて、そちらもこのブログで紹介している。
(https://lsd-blog.at.webry.info/201809/article_15.html)
AZTEC CAMERAの方は、ロディ・フレイム自身の選曲によるという。
リード・トラック「Somewhere In My Heart」は、激レアな10inchに収録されていた”THE ALTERNATE MIX”で、オリジナルとはまるっきり違うダンサブルなヴァージョンに仕上がっているが、正直言ってあんまりよくない。
続く「Everybody Is Number One」(BOSTON '88 VERSION)は「Somewhere In My Heart」の12inchと10inchのB面だった曲で、いわゆるモータウン・ビートに乗せた、コレもなかなかにダンサブルな楽曲。
この曲や、その次の「Working In A Goldmine」(DJ MIX)を聴くと、AZTEC CAMERA/ロディ・フレイムがよきライヴァルだったORANGE JUICE/エドウィン・コリンズ同様、THE VELVET UNDERGROUNDと共に黒人音楽の多大な影響下にあったことがよくわかる。
(もっともAZTEC CAMERAは、アル・グリーンをカヴァーしたORANGE JUICEほどには黒っぽい方向には行かなかったものの)
残り4曲はライヴ。
「I Threw It All Away」(1988年1月30日、ブリストルでの演奏)はボブ・ディランのカヴァーで、ロディ・フレイムの弾き語り。
続く「Down The Dip」(83年の1stアルバム『HIGH LAND, HARD RAIN』収録曲で、こちらもブリストルでのライヴ)もディラン風だ。
『LOVE』収録曲「Killermont Street」と82年のデビュー曲「Pillar To Post」は87年12月8日、LAでのライヴ。
こちらは通常のバンド・アレンジで、キンキラした”なんとかMIX”とは違うシンプルなアレンジに「やっぱりAZTEC CAMERAはこういうのがイイ…」と改めて思うのだった。
そして俺が好きなのは結局「Pillar To Post」や「Walk Out To Winter」「All I Need Is Everything」「Still On Fire」といった初期の楽曲なのだということも。
MOTORHEADやイギー・ポップやBLUE OYSTER CULTを聴くのに忙しく、一方で80年代末以降はDINOSAUR Jr.なんかも聴き出していた俺は、90年代に入るとAZTEC CAMERAとは縁遠くなるのだったが。
ロディ・フレイムは1995年までにAZTEC CAMERAとして計6枚のアルバムをリリースし、以後はソロに転じている。