WAS(NOT WAS)/ARE YOU OKAY?(1990)

WAS(NOT WAS).jpgデトロイトの奇形的ダンス・ミュージック集団、4thアルバム。
俺が初めて買った彼らのアルバムがコレだった。

WAS(NOT WAS)のことは、ウェイン・クレイマー(MC5)がゲスト参加したデトロイトのグループ、として認識していたが、初期のアルバムのジャケットは購買意欲をそそるようなモノではなかった。
その頃「Spy In The House Of Love」(全米16位、全英51位)がヒットしてあちこちで流れていたものの、それもあんまり好きになれなかった。

しかし、NHK-FMでやっていた渋谷陽一の番組でこのアルバムから「Papa Was A Rollin' Stone」がプレイされて、途端に気に入る。
結局その後このアルバム以外も買ったのだった。

ジャズ評論家だったデイヴィッド・ウェイスとセッション・ベーシストだったドナルド・フェイゲンソンの二人は幼馴染だったが、若き日のドナルドは貧窮にあえいでいたという。
そこで一発当てたろうと二人で組んだのがWAS(NOT WAS)だった。
1979年のこと。
デイヴィッドはデイヴィッド・ウォズ、ドナルドはドン・ウォズと名乗るようになる。

1980年に12inch「Wheel Me Out」でデビュー。
リリース元はZEレコーズ。
ノー・ウェイヴと”ミュータント・ディスコ”の牙城だったZEである。
そんなレーベルから登場したWAS(NOT WAS)は、その後踊れるのに屈折した独自の音楽を追及していくことに。

同郷のウェイン・クレイマーとダグ・フィーガー(THE KNACK)がゲスト参加した1stアルバム『WAS(NOT WAS)』(1981年)に続き、オジー・オズボーン、ミッチ・ライダー、メル・トーメら意味不明に豪華なゲストが参加した2ndアルバム『BORN TO LAUGH AT TORNADOS』(83年)は全米134位と、初めてチャート入りを果たす。
86年にZEが潰れたのを受けてクリサリス・レコーズに移籍、スティーヴィー・サラスらがゲスト参加した3rdアルバム『WHAT UP, DOG?』(88年)からは「Spy In The House Of Love」「Walk The Dinosaur」(全米7位、全英10位)のヒットが出て、アルバムも全米43位、全英47位を記録。
そうこうする間にドン・ウォズはかつての貧窮ぶりが信じられない売れっ子プロデューサーになっていた。

そして前作から2年ぶりに登場したのが『ARE YOU OKAY?』。
この時点でのメンバーはドン・ウォズ(ベース、キーボード)、デイヴィッド・ウォズ(フルート、キーボード、ヴォーカル)、スウィートピー・アトキンソン(ヴォーカル)、サー・ハリー・ボウエンズ(ヴォーカル)、ドナルド・レイ・ウィルソン(ヴォーカル)、デイヴィッド・マクマレイ(サックス)、ランディ・ジェイコブス(ギター)、ジェイムズ・マホベラック(キーボード)、デブラ・ドブキン(パーカッション、ヴォーカル)、レイズ・ビッグス(トランペット)、ロン・パンボーン(ドラム)という11人の白黒混成大所帯。
ドナルドとデイヴィッドが二人ずついる。

ゲストがまた豪華。
レナード・コーエンが「Elvis' Rolls Royce」を歌い、バッキング・ヴォーカルを務めるのがイギー・ポップ!
(ドン・ウォズはこのアルバムと同じ1990年にイギーのアルバム『BRICK BY BRICK』をプロデュースしている)
シド・ストローが「You! You! You!」で歌う。
そして「Dressed To Be Killed」ではダグ・フィーガーとアンディ・ギルがバッキング・ヴォーカルという無茶苦茶な組み合わせ…。

とにかくTHE TEMPTATIONSのカヴァー「Papa Was A Rollin' Stone」の出来が素晴らしかった。
その曲をはじめとして、ハウスとヒップ・ホップとソウルとファンクとジャズを自在に融合したダンス・ミュージックの数々。
”俺はジェイムズ・ブラウンよりも気持ちいい”と連呼される「I Feel Better Than James Brown」でのアフリカ風味もナイス。
音の良さも特筆に値する。
一方で歌詞はおよそネガティヴな内容ばかりで、明るく楽しいモノは皆無。
本当に屈折した人たちでした。

その大所帯のせいもあってレコーディング・プロジェクトのようにも感じられるWAS(NOT WAS)、実はライヴもけっこう盛んにやっていて。
1989年には来日も果たしているし、90年の「FARM AID」で演奏された「Papa Was A Rollin' Stone」は当時ラジオで放送され、彼らがライヴでも完璧な演奏を聴かせることが証明された。

一方で『ARE YOU OKAY?』からはシングル・ヒットは出ず。
アルバムも全米99位、全英35位と、それほど売れたワケでもなかった。
デイヴィッド・ウォズとドン・ウォズが既にそれぞれの仕事で多忙になっていたこともあり、グループはDIRE STRAITSとのツアーを終えた1992年に解散となる。
その後2004年に再結成し、08年に前作から18年ぶりの5thアルバム『BOO!』(再びウェイン・クレイマーがゲスト参加)をリリース。
全米ツアーも行なわれている。
しかし20年5月5日にスウィートピー・アトキンソンが74歳で死去。
今後の活動はないのではと思われる。