缶の終焉
ホルガー・シューカイが亡くなったという。遺体で発見されたとのこと。
孤独死か。
79歳。
俺がホルガー・シューカイを知ったのは、御多分に漏れずというかスネークマンショーのアルバムに収録された「Persian Love」だった。
TVのCMに使われたのとスネークマンショーのアルバムとどっちが先だったのかは、記憶にない。
そのホルガー・シューカイがCANというバンドのベーシストだったと知ったのは、ちょっと後のこと。
最初に聴いたのは1stアルバム『MONSTER MOVIE』(1969年:画像)だった。
友人から500円で譲り受けた国内盤LPの帯には“1969年、君は生まれていたか?”とか書いてあったと記憶する。
その叩き文句に相応しく、なんで69年にこんな音楽が…と思わざるを得ないサウンドが詰まっていた。
トライバルなドラム、虫の羽音のようなギター、出ている音より残響こそがメインのようなオルガン、狂気の塊として迫りくるヴォーカル。
そして拍動や律動をただ繰り返すようなベース。
それが初期のCANだった。
ヴォーカルがマルコム・ムーニーからダモ鈴木に交代して以降も、ホルガー・シューカイのベースは当時のロック・ベーシストの常識から逸脱した何かであり続けた。
アンサンブルを支えるでもなくリードするでもなく。
ただ拍動と律動を繰り返す。
“空気より軽い唯一の音楽”と評された『FUTURE DAYS』(1973年)でクリエイティヴィティの頂点に達した後、ダモを、続いてホルガーを失ったCANは失速する。
(CAN自体については、http://lsd-blog.at.webry.info/201607/article_816.htmlを御参照あれ)
しかしCAN亡き後も、ホルガーはベーシストに留まらないクリエイティヴィティを発揮し続けた。
ミヒャエル・カローリ(ギター)も、ヤキ・リーベツァイト(ドラム)も、そしてホルガー・シューカイも、もういない。
間違いなく、ひとつの時代が終わった。
考えてみりゃクラウス・ディンガーもエドガー・フローゼももういないのだ。
(2022.8.22.改訂)
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