FAUST(1971)

FAUST.jpgFAUSTの1stアルバム。
俺は1979年のレコメンデッド・レコーズ盤LP、91年の国内盤CD、2003年の国内盤リマスターCDと、3枚持っている。
(画像は03年のCD。流石にオリジナルのポリドール盤は持ってない)

いわゆるクラウト・ロックの中でも、結局FAUSTが一番好きだ。
多分次がAMON DUUL Ⅱだと思う。
以前にも書いたと思うが、俺が本(音楽雑誌じゃなくてホラー映画のムックだった)を通して最初に知ったクラウト・ロックのバンドがこの二組で、刷り込みのようなモノもあるとは思う。
(あと、復活後のFAUSTはそれほど好きじゃない。来日は2回観に行ったけど)

1971年。
クラウト・ロックの重要作が続々とリリースされた年である。
AMON DUUL Ⅱ『TANZ DER LEMMINGE』、ASH RA TEMPEL『ASH RA TEMPEL』(https://lsd-blog.at.webry.info/202205/article_12.html)、CAN『TAGO MAGO』、CLUSTER『CLUSTER』、コンラッド・シュニッツラー『SCHWARZ』、EMBRYO『EMBRYO'S RACHE』、GILA『GILA』、GURU GURU『HINTEN』、KLUSTER『OSTEREI』、POPOL VUH『AFFENSTUNDE』、TANGERINE DREAM『ALPHA CENTAURI』…。
凄い顔ぶれだなあ。
その中にFAUST『FAUST』もあった。

1970年、プロデューサーのウーヴェ・ネッテルベックの元に、二つの若いバンドのメンバーたちが集まって、FAUSTがスタートする。
彼らは(当時の)西ドイツ北部、ニーダーザクセン州のヴュンメという小さな町の廃校でコミューン生活を送り、その中で特異に過ぎる音楽を作り上げ。
(サンディ・パールマンとBLUE OYSTER CULTの関係にちょっと似ていると思う)
ネッテルベックはドイツ・ポリドールから30万マルクという破格の契約金をせしめ。
(当時のレートで計算すると約1133万円ぐらいのはず)
そうして制作されたのが『FAUST』であった。

当時のバンドはハンス・ヨアヒム・イルムラー(キーボード)、ジャン=エルヴェ・ペロン(ベース、ギター)、ヴェルナー”ザッピ”ディアマイアー(ドラム)、ルドルフ・ゾスナ(ギター)、ギュンター・ヴュストホフ(サックス)、アルヌルフ・マイフェルト(ドラム)の6人。
出来上がったデビュー・アルバムは、まず装丁から凄かった。
透明なプラスチックのジャケットに印刷されたバンド名と、拳骨のレントゲン写真。
歌詞とクレジット、ウーヴェ・ネッテルベックによるライナーノーツが赤い文字で印刷された透明プラスチックのインサート。
クリアー・ヴィニールのレコード。
ロック・バンドのアルバムというよりも、レコードそれ自体がコンセプチュアル・アート。
曲名も歌詞も全部英語なのに、ネッテルベックのライナーはドイツ語で、そのくせ最後に”I like the Beach Boys!”と宣言されているのがまた…。
(BEACH BOYSは多分本気で好きだったに違いない)

中身が伴わなければ、アートワークだけの”出オチ”になったところだが。
しかし3曲しか入っていない中身は更に凄かった。
変調されたオルガンや歪んだギターがすっとこどっこいに飛び交い、更にそれらがカットアップ的にコラージュされ。
当時のリスナーが聴き慣れた大半のロックどころか、むしろ音楽かどうか疑いたくなるような、アヴァンギャルドにもほどがあるサウンド…でありながら、アナログA面1曲目「Why Don't You Eat Carrots」に代表される、間抜けでユーモラスで親しみやすいリフやメロディを聴かせるという、一種の離れ業をやってのける。
「Why Don't You Eat Carrots」は本当に名曲だ。
マーチのようなジャズのようなドラムの上で繰り返される、サックスとギターとコーラスがべったり張り付いたユニゾンは、一度聴いたら耳に残って離れない。
そして更にその上で、ユニゾン・リフと全く関係ないかのような調子で大きな波のようにうねりまくるノイズ。
初めて聴いた時は、本当に衝撃的だった。
2曲目の「Meadow Meal」は、途中にサイケデリックを引きずるようなギター・ソロをフィーチュアした、多少はロック然とした感じのインストゥルメンタル・パートがありつつ、やっぱり相当ワケわからん。

アナログB面を全部使った16分半の「Miss Fortune」は、1971年9月21日にライヴ録音されたモノだという。
実際には相当の編集なり加工なりが行なわれているはずだが、確かにA面と違って、各楽器が折り重なって盛り上がって行くような、セッションっぽい感じではある。
それにしてもコレは…みんな何考えて演奏してたのかな。
ヘッドホンで聴いていると、曲の途中で、何処か遠くに連れて行かれるような感覚に陥る。

上に挙げた1971年のクラウト・ロック名作群の中でも、飛び抜けてワケがわからなくてちょっと怖いぐらいなのに(何しろホラー映画のムックで紹介されていた。あの記事書いたのは誰だったのだろう)、一方でもの凄く楽しい1枚。
アヴァンギャルドなロックが珍しくもなんともない51年後の今、むしろキャッチーに感じる人もいるのでは。

しかし当時は全然売れなかったのだそうで。
ドイツ国内で1000枚も売れなかったとかいう。
少年時代のハンス・ヨアヒム・イルムラーに多大な影響を与えたというTHE MONKSも、FAUSTと同じドイツ・ポリドールからリリースしてさっぱり売れなかったワケで、まったく業の深いことよのう…という話は以前にも書いた。
2ndアルバム『SO FAR』(1972年)もやはり売れず、ポリドールとの契約を失ったFAUSTは英国の新興レーベル、ヴァージン・レコーズに活路を見出だそうとするのだった…。
(それも続かなかったが)


俺がレコメンデッド盤のLPを買ったのは80年代後半のことだった。
透明ジャケットに透明インサートに透明レコードというオリジナルLPの仕様が、忠実に再現されていた。
しかし今ではインサートが経年劣化で真っ黄色に変色してしまっている。
1991年の国内盤CDは世界初CD化で、それだけでも快挙だったが、プラケースに拳骨のレントゲン写真がプリントされた、かなり気合の入ったアートワークで。
2003年のリマスターCDは更に攻めていて、透明ジャケットに透明インサートというオリジナルLPのデザインをかなり忠実に縮小した作りになっていた。
(流石にCDを透明にすることは出来なかったものの)
封入された日本語ライナーノーツが小さく折りたたまれていて目立たないようになっている配慮も素晴らしかった。
ただしCDを収めた透明なビニール袋の材質が、CDの記録面(光ってる側)に対してあまり良くないようで。
俺が持っている03年盤CDは、表面に変な模様が浮き出てしまっている。
そのうち再生出来なくなるかも知れない。
当時のリリース元であるユニバーサルミュージックも、コレは予見出来なかったのでは。

Now And Zen

MESHUGGAH.jpg”禅”はサンスクリット語の”dhyana”(ディヤーナ)に由来…って、ディヤーナとゼンじゃ随分違うじゃねえか!

ともあれ禅とは、精神を統一し、雑念や妄想ばかりか思慮分別自体を排し、ありのままの自分を見つめることで悟りに至るという考え方。
法然(浄土宗)や親鸞(浄土真宗)の、仏や菩薩の救いの力にひたすらすがる”他力本願””絶対他力”とは違い、栄西(臨済宗)や道元(曹洞宗)は自力で修行することによって悟りを得ようとした。
それは栄西や道元が、人間が持つ”仏性”を確信していたからでもある。

で、臨済宗や曹洞宗などのいわゆる禅宗では、座禅を組んだりして修業する。
この”ZEN”というやつ、何故かヒッピー・ムーヴメント以降のロックやサブカルチャーの一部とやたらと親和性が高い。
海外のバンドのバイオグラフィを見ると、メンバーがどこそこの”ゼン・センター”で知り合った…みたいなのが時々あったりする。
個人的には正直よくわからんのだが。
(ってかゼン・センターって何?)
自力で修行して悟りを得るという考え方が、西欧に元々根深い(?)個人主義と結び付きやすいからではないか、と思ったりも。
(大乗仏教は本来個人の悟りよりも一切衆生が救われることを目指しているから、またちょっと違うような気がするんだけどね)
BLUE OYSTER CULTのアルバム『CLUB NINJA』にも、メンバーがニューヨークの”カラテ・センター”で”センセイ”について修行したみたいなクレジットがある。
コレもフィジカルな空手のトレーニングよりも精神的な修養を意味していたのではないかと。
(本当のところは知らない)

ロックのアルバムで、タイトルに”禅”をフィーチュアしている代表格は、ロバート・プラントの『NOW AND ZEN』と、MESHUGGAHの『OBZEN』(画像)ではないか。
それにしても『OBZEN』のジャケットは、腕が3本ある(?)血まみれの(!)行者が座禅を組んでいるというモノで、俺たち日本人がフツーに想像する”禅”のイメージと随分違うぞ。
まあロバートの考える”ZEN”も、正直なんだかよくわからないけどさ。

あと3日

明烏 MAY 2022.jpgはい、28日(土)「明烏 Vol.70」@高円寺ShowBoat、あと3日となりました。
70回だって、凄いね。
皆様の御来場お待ちしております。


バンドはクロメ→SPEARMEN→MONE¥i$GODの順で。
俺は18時半からオープニングの30分と、MONE¥i$GODの前の15分を担当。
それ以外はヨツノくんが回します。
あとカコちゃんの美味しいフード!
(実はコレが一番楽しみだったりして…)


まだ選曲済んでない…。
いろいろ苦心しております。
DJイヴェントで回すクラブDJとバンドの合間に回す転換DJって、基本的に全然違うモノなんだよね。
(俺はそう思っている。例外アリ)
どっちも難しいし、どっちも楽しい。
ともあれ今回も全力で回り…じゃなかった回します。
そして飲んだり食ったりする!
(もちろんライヴも観る)


今のところ6月と7月はDJ予定入ってないんで、御都合付く皆様は是非御一緒しましょう。
(8月は予定アリ。後日告知。7月も依頼あれば回しますよ)
ヨロシクです。

DOCTOR AND THE MEDICS/More(1987)

DOCTOR AND THE MEDICS.jpgコレは…自分で買ったんじゃなくて、弟にもらったんだと思う。
DOCTOR AND THE MEDICS、多分6枚目のシングル。
(IRSからのシングルとしては多分5枚目)

DOCTOR AND THE MEDICSについては、以前1986年のシングル「Burn」を紹介した。
https://lsd-blog.at.webry.info/201607/article_1464.html
バンドの詳細についてはそちらを御参照ください。

デビュー当初は悪魔のような顔に”DOCTOR & THE MEDICS”とバンド名をくっつけたロゴを使用していたバンドがそれを廃し。
シンプルに”DOCTOR AND THE MEDICS”と書いただけのロゴを採用している。
それに伴い、常にコミカルとかユーモラスとかいうイメージを前面に出していたジャケットのメンバー写真もグッとシリアスな感じに。
コレはコレでなかなか悪くない感じ。

そして、HAWKWINDやノーマン・グリーンバウムやBLACK SABBATHやABBAと、常にカヴァー曲を前面に出していたバンドが、同じ1987年のEP「Two Pieces Of Cloth Carefully Stitched Together」に続いて全曲オリジナルで勝負した1枚。
俺が持っているのは12inchで、A面はタイトル曲「More」、B面は「More」の7inchミックス、そして「Bad Men's Pennies」と「Pretty Little Henry」。

うーん、正直言って弱いなあ。
タイトル曲は、このバンドの最大の特徴だったサイケデリック風味が薄れ、中途半端に(当時の)コンテンポラリーな雰囲気を目指してしまった感が。
「Bad Men's Pennies」と「Pretty Little Henry」はサイケ・ポップ色濃厚だけど、やっぱりそんなに良い曲とも思えない。
結局ジャケットのムードだけの、出オチ以下みたいな…。
(でも嫌いになれない、このバンド)

1986年、ノーマン・グリーンバウムのカヴァー「Spirit In The Sky」が全英1位となり、アルバム『LAUGHIN' AT THE PIECES』も25位。
同年のシングル「Burn」が29位、「Waterloo」が45位。
87年のEP「Two Pieces Of Cloth Carefully Stitched Together」が34位。
果たして「More」と2ndアルバム『I KEEP THINKING IT'S TUESDAY』はチャート入りを逃す。
80年代末にIRSからドロップしたバンドは、96年に解散するのだった。

しかしDOCTOR AND THE MEDICSは2003年に復活し、15年にはシングルでDEAD OR ALIVEの「You Spin Me Round」をカヴァー(!)。
オリジネイターのピート・バーンズが急性心不全で亡くなる1年前のことだった。
そしてバンドは今も存続している模様。

それぞれの老境

YES.jpgおすぎが認知症で施設に入所しているとか。
びっくりした。
数年前に試写会で見かけたことがある。
その時は元気そうだったんだけどな。
(試写会場の前でタクシーを拾って去って行った)
そして、そのおすぎのことを「死んだ」と公言しているピーコもヤバいらしい。
あの二人ももう77歳なのか…っていやいや、77歳って俺の母親と同い年じゃねえか!
まだまだ元気でいてほしい年齢ですよ、77歳。

コロナ禍は落ち着いたワケじゃないけど、感染者大して減ってなくても諸々の規制その他はどんどんユルくなってきている。
来日公演も次々と発表され始めた。
YESも『CLOSE TO THE EDGE』(画像)50周年記念ツアーで来日するそうで。
しかしアラン・ホワイト(ドラム)は不参加という。
コロナ禍以前から健康状態に問題があり、2016年以降のツアーではジェイ・シェレンが叩くことも多くなっていたから、まあ仕方がないのだろうが。
今回のツアーもドラムはやはりジェイが担当するとのこと。
80年代からブルース・ゴウディと、90年代からビリー・シャーウッドと一緒にやっていたジェイ、00年代に入ってYESのメンバーたちと直接関わるようになってからも、まさか50代後半になってから自分がYESで叩くことになるとは、想像していなかったのでは。
そしてアラン・ホワイト72歳。
いやいや、俺の母親より5歳も下じゃねえか!

そしてエリック・クラプトンが新型コロナウイルスに感染。
反ワクチンで晩節を汚した感もあるクラプトンだが、それはさておきしっかり治してほしいモノです。
クラプトン77歳…いやいやいや、俺の母親と(以下略)


ちなみに俺の母親はまだ仕事してる。
77歳はまだ元気でいてほしい年齢だろう、やっぱり。
(自分が77歳まで生きられるかというとちょっと自信がないが)

次々と去る

IGGY POP TV EYE LIVE.jpg15日にリッキー・ガーディナーが亡くなったという。
長らくパーキンソン病を患っていたとのこと。
73歳。
英国ロック/プログレ界隈でいうとBEGGARS OPERAのギタリストだが、このブログの読者様の大半(…というほど知られてないか)にとってはデイヴィッド・ボウイ『LOW』、イギー・ポップ『LUST FOR LIFE』『TV EYE LIVE』(画像:https://lsd-blog.at.webry.info/201708/article_27.html)でのギタリストという認識なのではと。
特に、彼があの名曲「The Passenger」の作曲者であるという事実。
それだけでも語り継がれるに値する。

14日におおつぼマキが。
死因は不明。
63歳。
80年代末にヤングサンデーで連載していた『ケンネル所沢』しか読んだことがないのだが。
デビューは70年代で、00年代前半までは麻雀漫画など描いていたということを、改めて知った。
『ケンネル所沢』の時点でもう30代だったのか。
最近漫画家の訃報も続くなあ。

17日にはヴァンゲリス・パパサナシュー。
(正確には”パパサナスィウ”らしい)
新型コロナウイルス感染症。
79歳。
クラウス・シュルツェやジャン・ミシェル・ジャールと並ぶシンセサイザー・ミュージックの大家にして、地味に(?)YES人脈。
何より『炎のランナー』や『ブレードランナー』をはじめとするサントラ仕事。
実はドラマー/パーカッショニストとしても一流だった。
もう79歳だったか。

ドイツのニュー・ウェイヴ・バンド、ZAAL 2のメンバーだったゴーデケ・イルゼも亡くなっている。
19日頃らしい。
死因や年齢は不明。
ZAAL 2のアルバムが再発されて間もないタイミングでの訃報だった。


それにしても、THE STOOGESのメンバーや盟友デイヴィッド・ボウイ他が次々と亡くなってもいまだ健在のイギー・ポップの凄まじい生命力よ…。

CJ SLEEZ/ROCK 'n' RAIL(2001)

CJ SLEEZ.jpgカナダはトロントのアバズレ系(?)女性シンガー、12inch45回転ピクチャー盤ミニアルバム。

当時西新宿にあったBARN HOMESで買ったレコード。
しかしこの人は、情報があんまりない。
とりあえずカナダ人で、2001年にアルバム『ROCK ACTION』でデビュー。
CDでリリースされた『ROCK ACTION』から6曲をピックアップしてアナログのピクチャー盤にしたのが『ROCK 'n' RAIL』。
本人がヴォーカルと多分ギターで、バックはTHE GTO'sという何処かで聞いたような名前のバンド。
ただしクレジットがないのでメンバーなどの詳細はまったくわからない。
メンバーのクレジットはないのにプロデューサー、ロブ・サンゾの名前はクレジットされている。
VOIVODやTHE SINISTERSのプロデュースや、ディーディー・ラモーンなんかのエンジニアリングを手掛けた人物で、カナダではCJスリーズよりロブの方がずっと有名だろう。

ピストルを持って”ヤンキー座り”をキメるCJスリーズがフィーチュアされているのはA面ではなく”Side CJ”。
で、裏面は”Side Ass”。
その通り、レザーの下着を穿いたCJのヒップのアップ。
ヒップというより、後ろから見た股間のアップ、と言いたくなる…。

音楽性は見た目の通りというか…NASHVILLE PUSSY+ウェンディ・O・ウィリアムズといった感じのファストでダーティーなR&R。
ただしヴォーカルも楽曲も演奏も、ウェンディやNASHVILLE PUSSYなんかのレベルには遠い。
つまりB級。
悪くないけどね。

その後CJスリーズは2005年にミニアルバム『BACK FROM THE BRINK』、10年にこれまたミニアルバム『VALLEY OF THE SHADOW』をリリース。
12年にはそれまでの音源から10曲をまとめた編集盤『PLAY IT LOUD』が出ているが、それを最後にリリースは途絶える。
しかし活動自体は続けているようで、FacebookなどのSNSには写真がアップされ続けている。
『ROCK 'n' RAIL』の時点で20代前半だったとして、現在は40代前半…オラオラだった(?)若い頃に較べるとかなり落ち着いた感じの写真を見ることが出来る。