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zoom RSS ぐっちゃぐちゃな60年代(THE TRIP)

<<   作成日時 : 2018/08/09 23:57   >>

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画像イタリアのTHE TRIPというと、かつてはほとんど、ARTI E MESTIERIのフリオ・キリコ(ドラム)が以前在籍したバンド…というだけの認識だったのではないかと思うんだが。
フリオが参加したのは3rdアルバム『ATLANTIDE』(1972年)からで、バンドの中心人物はオリジナル・メンバーであるアーヴィッド“ウェッグ”アンダーセン(ベース、ヴォーカル)と、ジョー・ヴェスコヴィ(キーボード、ヴォーカル)であり。
21世紀に入って来日も果たし、ウェッグ・アンダーセンが亡くなるまで存在感を誇示したのであった。

で、1stアルバム『THE TRIP』を1970年にリリースしたTHE TRIP。
スタートしたのは実に66年。
リッキー・マイオッキというイタリアのシンガーのバック・バンドに、イギリスのミュージシャンたちが呼び集められたのがそもそもの始まりだった。
結成当初のメンバーは、リッチー・ブラックモア(ギター)、ウェッグ・アンダーセン(ベース)、イアン・ブロード(ドラム)。
リッチ―・ブラックモア?
…そう、のちにDEEP PURPLEやRAINBOWでブイブイいわすリッチ―その人であった。
リッチーとウェッグは、NEIL CHRISTIAN & THE CRUSADERS〜SCREAMING LORD SUTCH & THE SAVAGESの元メンバー。
(ハンブルクでTHE THREE MUSKETEERSとも名乗っていたが、実質的に仕事はなかったらしい)
イアンはハインツ・バート(元THE TORNADOS)のバック・バンド、THE WILD BOYS(このバンドにはリッチ―も64年頃に参加していた)の元メンバー。
全員がイギリス人だった。

THE TRIPのアルバム・デビューが1970年であることや、そのバンド名や音楽性からして、俺は長い間、初期のTRIPを(初期FORMULA 3みたいな)イタリアにありがちな“遅れてきたヘヴィ・サイケ”のバンドと認識していたのだが。
全然そうじゃなかった。
結成が66年ということは、バンド名も多分サイケデリック関係なかったはず。

ともあれTHE TRIPは結成から間もなくリッキー・マイオッキのバックを離れ、独立したバンドとしてやっていくことになる。
しかしそれは無理だと思ったのか、リッチー・ブラックモアとイアン・ブロードはイギリスに戻り。
リッチーはLORD CAESAR SUTCH & THE ROMAN EMPIREのメンバーとしてマシュー・フィッシャー(オルガン:後にPROCOL HARUM)らと活動することになる。
リッチーがイアン・ペイス(当時MAZE)と知り合い、ROUNDABOUT〜DEEP PURPLE結成へと動くのは、更に後のことだ。

THE TRIPのオリジナル・メンバーだったイアン・ブロードは、ほどなくシーンから消えて行ったが(一方でリッチ―・ブラックモアとTHE THREE MUSKETEERSをやっていたドラマー、トーネイド・エヴァンスはアメリカでセッション・ドラマーとして活動し続けている)、イタリアに残ったウェッグ・アンダーセンはジョー・ヴェスコヴィを迎えてTRIPで活動を続けたのだった。
ロード・サッチ周辺、ホントに人脈ぐっちゃぐちゃだなあ。

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