映画『えんとこの歌 寝たきり歌人・遠藤滋』

えんとこの歌.jpg世田谷区梅ヶ丘で周囲に支えられながら“一人暮らし”を続ける脳性麻痺の“寝たきり歌人”遠藤滋の暮らしを捉えたドキュメンタリー映画。
1999年に同じ監督(伊勢真一)が制作した映画『えんとこ』の、20年ぶりの続編にあたる。

遠藤滋は1947年生まれ、今年で72歳。
(イギー・ポップと同い年)
1歳の時に脳性麻痺と診断され、症状の悪化に伴って寝たきりとなってから既に30年以上。
現在は24時間体制の“全介助”が必要な体。
しかし介助者たちの助けを借りながら、今も“自立”した生活を続けている。
“えんとこ”とは“遠藤滋のいるところ”であり、“縁のあるところ”でもある。

監督の伊勢真一は1949年生まれ。
遠藤滋の大学時代の後輩にあたる。
90年代に遠藤と再会し、3年に渡って遠藤を追ったドキュメンタリー『えんとこ』を制作したのが99年。
2016年に神奈川県相模原市で起きた障害者大量殺傷事件を機に、再び“えんとこ”を訪れ、再びカメラを回し始める。
遠藤の障害は悪化し、話すことも食べることも困難になっていた。
一方で遠藤は50代後半から短歌を詠み始め、日々言葉を紡ぎ続けていたのだった。

時系列は敢えてバラされている。
撮影当時70歳だった遠藤滋の毎日と、50歳前後だった『えんとこ』当時の映像、そして少年時代や青年時代の写真が交互に登場する。
長く寝たきりの生活を送っている遠藤だが、元々寝たきりだったワケではない。
20代の頃は自分の足で歩き、伊勢真一と共に学生運動にも参加し、養護学校で教壇に立ってもいた。
しかし障害の程度は次第に悪化し、やがて歩いたり教壇に立ったりすることは不可能となる。

遠藤滋は特別な存在ではない。
彼もかつては不自由ながら動き回ることが出来た。
そして今現在五体満足と思っている人でも、病気や事故でいつ身動きが取れなくなるとも限らない。
しかし相模原の事件の犯人は障害者を“不幸しか生まない存在”と断じ、一部与党議員は人間を“生産性”で切り分けようとする。
この映画はそのような分断の思想に対する強烈なアンチテーゼとなっている。

ただしこの映画は、いわゆるプロテストの映画ではない。
(少なくとも俺はそう思う)
この映画では遠藤滋と、彼を24時間介助し続ける人たちの営みが描かれているのだが、それはもちろん大変でありつつも、楽しい日々でもあり。
主として胃ろうから栄養を得ているものの、遠藤は寿司も食うし、コーヒーも酒も飲む。
24時間誰かの助けを借りながら生きていく日々が、ごく当たり前のモノとして捉えられている。
改めて言う、コレは特別な誰かの日々ではない。
俺にもあなたにも、明日訪れるかも知れない日々なのだ。

そして映画の中にフィーチュアされる、遠藤滋の短歌の数々。
思うに任せない体と向かい合いつつ、中には恋の歌も。
遠藤が日々関わる誰に恋したのか知らないが、体が不自由で全介助だろうが70代だろうが、恋は出来る。
生きてさえいれば、なんとかなる。
(多分…)
年齢に関わらず「人生とは…」と悩み続けている人には、是非観てほしい1本だ。


俺がこの映画を観たのは、遠藤滋の地元である梅ヶ丘パークホールでの上映会だった。
伊勢真一や遠藤自身が登壇し、介助者の一人である“FUCKER”こと谷ぐち順(Less Than TV)他のライヴもあって、大いに盛り上がった。
今後も各地で上映予定。
是非ともチェックしてみてほしい。
もう一度言う、遠藤は特別な存在ではない、明日の俺やあなたかも知れないのだ。


(C)いせフィルム

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