5月は渋谷

DJ YOU 20周年記念パーティー.jpgはい、先日の「転 Vol.19」@高円寺ShowBoat(https://lsd-blog.at.webry.info/202104/article_23.html)に続きまして、5月もDJやります。

「PARALYZE」でいつもお世話になっているDJ YOUがDJ活動20周年ということで。
それを記念するイヴェントです。
豪華な顔ぶれに混ぜていただきます。

以下転載。


□■□DJ YOU 20TH MEMORIAL□■□ 
~DJデビュー20周年記念パーティー~

【日時】5月30日(日)14:00~20:00(予定)
【開催場所】渋谷Roots
http://www.roots1998.com/

【料金】¥1000(1D付)

【DJ】
青島将司(浅草龍虎晩)
IDO(ex.METAL INSANITY)
うどん(Club-Oh-Yeah!!!)
大越よしはる
カナリアトミー(WeekEndRockers)
K-zoo(Tramps)
K―SAW(PARALYZE)
gou(COME TOGETHER SP/黄金町ネオンBOYS)
DJ.TAKA!
Tiger(PeanutsCafe.LUPINUS)
TAKUYA(PARALYZE)
Chii★69(Pax Britannica)
TOM(Tom Tom Tokyo)
MITCH(HANKY PANKY)
ムラマツヒロキ(DJ道/TEASER)
yucco(岩手産のスカイツリー)
(*50音順)

【MC】
JIN★TAKU(ex.ガラクタ☆)


DJ YOUデビュー20周年記念開催!

2001年3月7日PARALYZE@幡ヶ谷Heavy SickでDJデビュー以来、ロックDJとして活動し、皆様の御支援のおかげで満20年を迎えさせて頂きます。

イベント当日はDJ YOUの縁の深い多数のDJ陣を迎えて、DJ全員と一夜限りのB2B対決します。

ロックを愛する皆様のお越しを心よりお待ちしてます。

問い合わせはこちらで
(公式HP):https://paralyzerock.wixsite.com/home

(FACEBOOK):https://www.facebook.com/paralyzerocks/ 

(MIXI):http://mixi.jp/view_community.pl?id=3531880&&&&

(TWITTER):https://twitter.com/paralyze_dj

(DJ YOU 公式TWITTER)
https://twitter.com/PARALYZE69?s=17


以上。
人数多いしB2Bなんで俺の出番自体は短いけど、コレは絶対楽しいやつ。
問題は無事開催出来るのかどうかだが…。
ともあれ御都合付く皆様は是非御一緒しましょう。
ヨロシクです。

NECROMANTHEON/VISIONS OF TRISMEGISTOS

NECROMANTHEON.jpgノルウェイのスラッシュ・トリオによる3rdアルバム。

結成は2005年。
SLAYER、SADUS、DARK ANGEL、SEPULTURAなどの影響を受けたという。
07年にEPでデビューし、08年には日本が誇るABIGAILとのスプリット7inchをリリース。
10年5月に1stアルバム『DIVINITY OF DEATH』、10月にノルウェイのAUDIOPAINとのスプリット7inchをリリース。
12年に2ndアルバム『RISE, VULCAN SPECTRE』、13年にDEATHHAMMER、TOXIK DEATH、CARNIWHOREとのオムニバス7inch EP「Nekrothrash」…と順調にリリースを重ねたが、その後沈黙。
『RISE, VULCAN SPECTRE』から実に9年ぶりのアルバムとなった。
メンバーはアリルド”アース”マイレン・トルプ(ギター、ヴォーカル)、シンドレ・ソレム(ベース、ヴォーカル)、クリスチャン”キック”ホルム(ドラム)の3人。

ブラック・メタルの本場(?)ノルウェイのバンドで、ジャケットはむしろデス・メタルやゴア・グラインドを思わせるセンスだが、実際には極めてオールドスクールなスラッシュ・メタルを標榜している。
確かに徹頭徹尾ハイスピードでイーヴルでダーティーな80年代風スラッシュを聴かせ、スピリチュアル・ビーストが国内発売している他の多くのバンド同様、イイ意味でモダンさが皆無。
(ほとんど唯一、「Scorched Death」イントロのシンセサイザーがちょっと今風か)
曲名も「Faustian Rites」とか「Scorched Death」とか「Dead Temples」とか、いかにもそれ風でイイ感じです。
ブラックじゃなくてサタニックな感じというか。

特に、スタスタスタスタと疾走するドラムが全盛時の”スラッシュ・メタル”というよりもむしろ黎明期の”スピード・メタル”という感じでよい。
(一歩間違えるとポルカになりそうな高速2ビート)
そこに乗っかる怒涛のリフ攻撃と吐き捨てヴォーカル。
上記でメンバーが影響源として挙げたバンド以上に、POSSESSEDとか初期のKREATORとか好きな人にウケそうな。
(あとギター・ソロには初期SLAYERからの影響をかなり感じる)

国内盤にはボーナス・トラックとして2007年のデビューEP「We're Rotting」の7曲が丸ごと収録されるという大盤振る舞い。
『VISIONS OF TRISMEGISTOS』、30日リリース。

V.A./UNDERGROUND ANTI-HITS(1992)

UNDERGROUND ANTI HITS.jpg以前にも書いたが、90年代前半にメルダックが展開していたシリーズ”ROOTS PUNK COLLECTION”には随分世話になった。
「正座して聴け!」という帯コピーは凄く嫌だったけど(笑)。
HEARTBREAKERSのライヴとか、イギー・ポップがカヴァー曲ばっかり演ってるライヴ(https://lsd-blog.at.webry.info/201607/article_1479.html)とか、NEW YORK DOLLSのデモとかライヴとか、GANG WARとか、フランスのパンクのオムニバスとか、THE DICTATORSの再結成ライヴとか、後期MC5のスタジオ・ライヴとか…ジョニー・サンダース絡みを別とすると日本でいったい何枚売れるんだろう(苦笑)みたいなアイテムをガンガン出していた。
そんな中の1枚。

”10 ROIR YEARS ANTHOLOGY”というサブタイトル通り、1981年にニューヨークでオリジナル・アルバム未収録音源ばかりのカセットテープ専門レーベルとしてスタートしたROIR(Reachout International Records)の10周年を記念した編集盤。
『10 ROIR YEARS』というタイトルで90年にリリースされたカセットの国内CD化。
ROIRなんてドグサレな(?)レーベルの音源だけでオムニバスなんて作ったら、そりゃタイトルの通りにアンダーグラウンドでアンチ・ヒッツなモノになりますわなあ。

1曲目から二コがアカペラで歌う「All Tomorrow's Parties」(1982年のライヴ)で、いきなり部屋の空気が凍り付く。
そのあとTHE DURUTTI COLUMN、BUZZCOCKSとライヴ音源が続く。
いずれも音質は良くないが、選曲を担当した音楽評論家アイラ・ロビンスはROIRのリリースを順番に聴き直しながら、レーベルのイメージにマッチしたモノを選んでいったのだという。
(あと、レゲエは外したそうだ)

MC5「Tonight」(ここでは「Tonite」と表記)のリミックス・ヴァージョンに続いてFLESHTONESのデモ・セッション、そして再結成THE DICTATORSによるIGGY AND THE STOOGESカヴァー「Search & Destroy」と、聴き進めるうちにどんどんヴォルテージが上がり。
更にDICKIESとU.K.SUBSのライヴと来て、BAD BRAINSのデビュー作となったカセットから「Pay To Cum」で爆裂。
そしてTELEVISIONのライヴ音源。

…というのがオリジナル・カセット『10 ROIR YEARS』のA面に当たる前半の流れ。
(カセットではBAD BRAINSとTELEVISIONの間にグレン・ブランカが収録されているのだが、CDではカットされている)
この、(TELEVISIONを除いて)1曲毎にラウドになっていくという構成も、アイラ・ロビンスが意図したところという。
それにしてもBAD BRAINSは今聴いても凄いねえ。

より音楽性の幅が広がるB面/後半は、パンク・ロック中心だったA面/前半と違って雑然とした並びになっているが、コレもROIRというレーベルの雑多さを際立たせるような意図があったらしい。
テックス・メックスのJOE”KING”CARRASCO AND THE CROWNに、今聴くとまるでOLEDICKFOGGYみたいな(あっ、逆か)MEKONS、そのMEKONSのジョン・ラングフォード(ギター)の別バンドTHE 3 JOHNS、広義のテックス・メックスに戻って再結成QUESTION MARK AND THE MYSTERIANS(https://lsd-blog.at.webry.info/201607/article_1137.html)。
続いてゴスペルとジャズをミックスしたブラザー・バーナード・ジョンソン。

…で、いきなりGGアリン!
https://lsd-blog.at.webry.info/201607/article_1393.html
そしてGERMS(しかもARCHIES「Sugar Sugar」の極悪カヴァー…)にFRIPPER…と、70~80年代アメリカン・パンクのスカムどころ(?)を連発し。
最後は何故かボストンのファンク・バンドPRINCE CHARLES AND THE CITY BEAT BANDで締める。

幾つかリンク先を示した通り、俺が持っていたアルバムとカブる音源も多く。
(俺含めて)ROIRのアルバムをそこそこ集めている人だったら既に持っている音源も少なくなかったはずの編集盤だったが。
それにしても…バブルな空気感を引きずっていた1992年当時でも、「コレ何枚売れるんだ?」と思わずにいられないような編集盤でした。
よく企画通ったよなあ。
今だったら絶対メジャーから国内発売(メルダックは当時日本クラウン傘下のレーベルだった)とかないだろう。

EL ZINE VOL.48

EL ZINE VOL.48.jpgはい、EL ZINE最新号、28日発売です。

今回の表紙と巻頭インタヴュー…なんてカッコいいお姉さんでしょう、と思ったら。
えっ、愛知のバンド?
ポルトガル語と英語と日本語で歌う…って、ブラジルとかじゃないんだ?


ともあれ今回、俺の連載「LASHING SPEED DEMONS」は、8年ぶり(!)に新譜(と言ってもこの8年のリリース)を中心としたディスク・レヴューを32枚載せました。
以下の通り。

ALICE COOPER
ANGEL WITCH
ASH RA TEMPEL
AWAKED
BACTERIA
DEAD MOON
DIMMU BORGIR
DOOM
DUEL
ゲルチュチュ
GIUDA
THE GIZMOS
GOD AND ELECTRIC SHEEPS
HAWKWIND
HELL FREEZES OVER
JURASSIC JADE
十四代目トイレの花子さん
KING CRIMSON
北川哲生
KRAFTWERK
MOTORHEAD
脳不安/FOMO=FAVEL/木端微塵
OLEDICKFOGGY
OUT
risaripa×Viviankrist
THE SHORT FUSES
SLAMMING AVOID NUTS
SLIP HEAD BUTT
SUNN O)))
THE STOOGES
VALKYRIE
VOIVOD


表紙と巻頭のABIZMOはじめ、フィンランドのBONEHUNTER(影響源として次々に列挙される日本のバンド!)、80年代英国の知られざる超高速ハードコア・バンドASYLUM、ペルーのブラック・メタル・パンクLA PUS、THE ノウ~BilliのTakujiなど、今回も読みごたえ充分です。
皆様、是非お求めください。

映画『狂猿』

狂猿.jpgプロレスラー・葛西純を追ったドキュメンタリー映画。
監督は『kocorono』『オールディックフォギー/歯車にまどわされて』などの音楽ドキュメンタリーで知られる川口潤。
奇しくも監督と被写体がどちらも”ジュン”だ。

1998年にデビューし、”デスマッチのカリスマ”として活躍してきた”クレイジー・モンキー”葛西純。
しかし20年以上デスマッチに明け暮れた葛西の肉体は、限界に近づいていた。
腰と首の両方にヘルニアを発症した葛西は、2019年のクリスマスを最後に、長期の欠場に追い込まれる。
デビュー以来の葛西の軌跡を交えながら、彼の復帰までを追ったのがこの映画。

しかし、2020年に入るとコロナ禍が全世界を襲う。
当然ながら葛西純の復帰にも黄信号が灯ることとなった。
試合に出られなくなるまでにダメージを負った葛西の体はその間に癒えつつあったが、思うような興業が出来ない状況は、40代半ばとなった彼のモチベーションを削っていく…。

もっぱら昭和のプロレスを懐かしんでばかりいる俺も、もちろん葛西純のことは知っていた。
しかし試合を観に行ったことがあるでもなく、雑誌などで写真を見ては「すげーなあ」などと言っていた程度。
そんな俺が改めて葛西の動く姿をこの映画で嫌というほど(?)見せられ。
「すげーなあ」どころか言葉を失うほどでありました。
(あと、FREEDOMSのリングアナウンサーが赤ちゃんを抱っこした女の人なのにびっくり)

本間朋晃、藤田ミノル、伊東竜二、松永光弘といった、葛西純の上や下の世代に当たるレスラーたちも登場して、それぞれに葛西を語るのだが。
特に、松永や本間といった上の世代の発言からは、デスマッチで頭角を現した若き日の葛西がどれほどとんでもなかったかがよくわかる。
とりわけ本間との立ち位置の違いは鮮明だ。
あくまで”プロレスの一環としてのデスマッチ”を闘っていた本間に対して、葛西は”新たな別の格闘技としてのデスマッチ”を志向していたのか、と思わされる。
(そして本間はデスマッチの世界から離れたワケで)

40年ほど前、”プロレスの味方”村松友視はジャイアント馬場のプロレスを”プロレス内プロレス”、アントニオ猪木のプロレスを”過激なプロレス”と規定した。
それに倣えば、本間朋晃のデスマッチは”プロレス内デスマッチ”、葛西純のデスマッチは”振り切れたデスマッチ”とでも言うべきか。
とにかく数々の試合映像が本当にとんでもない。
まったくもって、振り切れている。
それだけに、世間一般どころかプロレスマスコミからさえまともに評価されなかったのだが。

一方で、家族とのオフ(葛西純は子煩悩でも知られる)やジムでのトレーニング風景などを含め、リングを降りた葛西が見せる表情や放つ言葉からわかるのは、この人相当頭いいぞ、ということ。
その頭の良さで創意工夫し、そしてアイディアを実現に移していく度胸や実行力が伴っていたからこその”デスマッチのカリスマ”だったのだなあ、と改めて思わされる。

それにしても、その狂気じみているほどの”デスマッチ愛”はいったい何処から来ているのだろうか。
コロナ禍で試合が出来なくなってモチベーションが下がってしまった自分を”デスマッチED”と自嘲する葛西だが、一方蛍光管をはじめとするありとあらゆる凶器で血まみれになりながら(対戦相手の佐久田俊行や杉浦透もだけど)心底楽しそうに笑う葛西の姿には、むしろ”デスマッチ・ジャンキー”と言いたくなる。

全身に無数の傷を刻みながら、葛西純が何故デスマッチに向かい続けるのか…本人は”生きている実感”と語るが。
是非この映画を観ながらそれぞれに考えていただきたいところ。
単に好きだからとかの話じゃなく。
それは、何故金にもならないバンドを続けているのかとか、何故満員電車で好きでもない仕事に向かうのかとか、結局あらゆる人につながるはず。
ってか、あれだけ血まみれになった後に、毎回自分で運転して帰宅するんだ…?

ともあれ、葛西純のデスマッチを”芸術点が高い”と評した藤田ミノルの言葉にうなずきたくなるほどに、血まみれの葛西の姿の美しいことよ。
(藤田は他にも名言多し)


あと、作中の各所でCOPASS GRINDERZやGEZANなんかの楽曲を織り交ぜていく川口潤。
川口監督のこれまでの作品が好きな人は、当然コレも観るべきでしょう。


『狂猿』、5月28日(金)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋他にてロードショー、以下順次公開。


(C)2021 Jun Kasai Movie Project.

THIN LIZZY/BAD REPUTATION(1977)

THIN LIZZY BAD REPUTATION★.jpgTHIN LIZZYについては何故かこれまで編集盤やライヴ盤ばかり紹介してきたのだが。
今更ながらオリジナル・アルバム行ってみよう。

…で、『JAILBREAK』(1976年)でも『LIVE AND DANGEROUS』(78年)でも『BLACK ROSE』(79年)でも『THUNDER AND LIGHTNING』(83年)でもなくコレです。
77年の8thアルバム。
一般に彼らの代表作に挙げられることはないだろうし、実際ジャケットに3人しか写っていない通り、過渡期みたいな感じのアルバムだが。

確かに、一番好きなアルバムがコレかというと正直微妙だ。
しかし、数あるTHIN LIZZYの名曲の中でどれが一番好きかということになると、個人的には「Dancing In The Moonlight」…ということになる。
その曲が入っているのがコレ。

前2作を手掛けたジョン・アルコックに代わり、初めてトニー・ヴィスコンティがプロデュースを担当したアルバム。
T.REXやデイヴィッド・ボウイのプロデューサーとして知られ、およそハード・ロックとは無縁に見えたトニー。
実際、トニーがTHIN LIZZY以外で仕事したハード・ロック・バンドというとDIRTY TRICKSぐらいだと思う。
しかしトニーとTHIN LIZZYの相性は実によく、トニーはその後もTHIN LIZZYのプロデュースを続けることになる。
その点、やはりTHIN LIZZY…というかフィル・ライノットが、いわゆるハード・ロックあるいはヘヴィ・メタルにとどまらないセンスの持ち主だったということに尽きるのだろう。

先述の通り、当時ブライアン”ロボ”ロバートソンが離脱していたため、ジャケットには3人しか写っていない。
ロボは一応参加しているが、全9曲中3曲にとどまり、ソングライティングには関わっていない。
その分スコット・ゴーハムが頑張っている1枚とも言えるものの、やはりというかギターはあまり前面に出ていない。
むしろフィル・ライノットの歌が存分に堪能出来るアルバムと捉えるべきなのだろう。
(「Soldier Of Fortune」のイントロで聴ける印象的なシンセサイザーもフィル自身によるモノらしい。クレジットは”string machine”となっている)

そしてブライアン・ダウニーのドラムも。
特に、ブライアンがソングライティングでもクレジットされている2曲、「Bad Reputation」「Opium Trail」でのドラムの素晴らしいことと言ったら。

何より「Dancing In The Moonlight」。
以前にも書いたが、こんなおしゃれな曲、凡百のハード・ロック・バンドには絶対に真似出来まい。
軽快なシャッフル・ビートに乗せて、暑い夏の夜、月のスポットライトに照らされながら踊るような千鳥足で帰っていく酔っ払いの姿…を描いた歌詞。
そしてギターよりもむしろ前面に出ているゲストのサックス。
サックスをプレイしているのはSUPERTRAMPをサポートしていたジョン・ヘリウェル。
(「Downtown Sundown」ではクラリネットも聴かせる)

「Dancing In The Moonlight」は全英14位のヒットとなり、アルバムも全英4位を記録する。
しかしフィル・ライノットはやっぱりブライアン・ロバートソン抜きでは駄目だと思ったのか、ロボを呼び戻す。
確かに、アルバム中で唯一ロボとスコット・ゴーハムのツイン・ギターが聴ける「That Woman's Gonna Break Your Heart」は他の曲に較べてドラマティックさやダイナミズムが段違いだ。

再び4人に戻ったバンドは名ライヴ盤『LIVE AND DANGEROUS』(全英2位)を残したものの、結局ブライアン・ロバートソンは再び脱退し、今度は戻らず。
結局『BAD REPUTATION』はロボを含む4人編成での最後のスタジオ作になってしまった。
かつて在籍していたゲイリー・ムーアが戻ったTHIN LIZZYだったが、その後も良いアルバムを作りつつ、ロボ在籍時のようにラインナップが安定することはなかったワケで。

土曜の夜に偲ぶ

BAY CITY ROLLERS.jpg18日にジム・スタインマンが亡くなったという。
腎不全。
73歳。
そのプロデューサー及びソングライターとしての才能は…彼が関わったのとそうでないのとでミートローフのアルバムの売れ行きが全く違ったということからも明らかだろう。
(ミートローフにはちょっと失礼だが…)
ミートローフ以外にもボニー・タイラー「Total Eclipse Of The Heart」「Faster Than The Speed Of Light」「Holding Out For A Hero」、AIR SUPPLY「Making Love Out Of Nothing At All」、ビリー・スクワイア「All Night Long」などなど。
なんとTHE SISTERS OF MERCYの「This Corrosion」もこの人のプロデュースだったか。


そして20日にレスリー・マッコーエンが亡くなったとのこと。
死因は不明だが、急死だったのだそうで。
65歳。

以前にも書いたと思うけど、俺が小学生の時、BAY CITY ROLLERSは人気絶頂だった。
授業が終わって休み時間になる度、教室にはBAY CITY ROLLERSの楽曲が鳴り響いた。
クラス内のファンの女子たちが休み時間毎にかけていたのだ。
これまた以前に書いたと思う…小学校の卒業文集で、何人かの女子が判で押したように「私の夢はエジンバラに行ってある人たちと会うことです」と書いていたのを思い出す。
彼女たちはエディンバラ行きの夢をかなえただろうか。
というか、今でもBAY CITY ROLLERS聴いているんだろうか。

当時ロックのロの字も知らず、毎日毎日BAY CITY ROLLERSをかけまくるクラスの女子たちに閉口していた俺だったが。
ロックを掘り下げるようになって、BAY CITY ROLLERSがある意味グラム・ロックのしっぽであり、パワー・ポップの祖のひとつでもあることに思い至った。
(そしてRAMONESにも影響を…)
「Saturday Night」はDJで何度回したか知れない。


アラン・ロングミュアー、イアン・ミッチェルと、BAY CITY ROLLERSのメンバーも次々と鬼籍に入っている。
アイドルだったBAY CITY ROLLERSも、今では歴史だ。

「転 Vol.19」@高円寺ShowBoat

20210423.JPGはい、「転 Vol.19」@高円寺ShowBoat、御来場の皆様ありがとうございました!

今年初のDJ。
埃をかぶったバッグにCDを詰めて出かける。
気合入り過ぎて、CD多過ぎ。
お、重い…。

”まん延防止等重点措置”から3度目の”緊急事態宣言”に移行しようというタイミング、20時で予定通り終了するためには、スタートも押してはならないワケで。
定刻から5分過ぎるか過ぎないかで開場。


1st SET(OP)
The Red & The Black/BLUE OYSTER CULT
Summertime Blues/BLUE CHEER
Sweet Leaf/BLACK SABBATH
Make Up/FLOWER TRAVELLIN' BAND
Futilist's Lament/HIGH TIDE
Silver Machine/HAWKWIND
Alexander/ELECTRIC BANANA
City Kids/PINK FAIRIES
She Lives/THE 13th FLOOR ELEVATORS

ヘヴィ・ロックとサイケデリック。
そして一番手はMONE¥i$GOD。
新曲を含め、ポスト・ハードコア/インダストリアル・ハードコアを脱して大文字の”ロック”へと近づいていく。
かつての代表曲「Hate Song」は最早演奏されなくなり、「Psycho Magic」が合唱を呼ぶ。
(お客はみんなマスクしたまんまだが)
新作まだか。


2nd SET
Stretchy/OZRIC TENTACLES
Tong Poo/YELLOW MAGIC ORCHESTRA
Computerwelt/KRAFTWERK

二番手、THE DEAD PAN SPEAKERSが登場。
パワフルなドラムとうねるベースに乗せてギターとキーボード類が浮遊する、いつもの痛快な人力トランス・サウンド。
しかし最近定番化していた「Once In A Lifetime」も長尺の「Disgorging」も演らずに最後の曲となる。
MONE¥i$GODもそうだったが…絶対押さないようにセットリスト組んでいるのか。
出演者としてイヴェントの進行に配慮するのはもちろん当然とはいえ、グッときましたよ。


3rd SET
Fast Lane/URBAN DANCE SQUAD
Papa Was A Rollin' Stone/WAS(NOT WAS)
Luke's Boutique/WORKSHOP

はい、ここでお客様からお問い合わせいただきました。
URBAN DANCE SQUAD。
多分10年ぶりぐらいに回した。

トリ前にNAKED SOUL HYBRID。
このバンドだけ観たことがなかったので、ネットで動画を検索していたのだが。
生で観ると過去のライヴ動画よりもずっとカッコいい、ファンキーなミクスチャー系ロック。
そしてギターもベースもドラムも、とにかく演奏が上手いこと上手いこと。
カッコよかったです。


4th SET
Luglio,agosto,settembre(nero)/AREA
Blue Rondo A La Turk/THE DAVE BRUBECK QUARTET
Tenor Madness/BUCK HILL
Udu Wudu/MAGMA
Blue Wind/JEFF BECK

そしてトリが熊のジョン(画像)。
6年ぶりに観た。
(リズム・セクションの二人とはけっこうあちこちで会うんだけどな)
ヘヴィなリズム隊にジャジーなギターという組み合わせで放たれる、謎インストゥルメンタル。
ポール・モーリア/ジェフ・ベックの「Love Is Blue」やTHE DAVE BRUBECK QUARTET「Take Five」は前回観た時も演っていたが、今回KING CRIMSON「Red」にぶっ飛ばされる。
ジャズ・ロックというよりも、なんかサーフっぽいテイストを感じるアレンジ。
ホントにヘンテコで面白いバンド。


5th SET(ED)
汚れなんてないさ~お掃除の時間だよ~/十四代目トイレの花子さん

結局全バンドが持ち時間の30分を切るステージで、熊のジョンの演奏が終わったのが20時の5分前くらい。
(だったと思う)
客出しBGMとして1曲回して終了。


それにしてもイヴェントの合間にDJブースに次々と差し入れられるビール。
早い時間というのに、すっかり酔っぱらって帰りました。
(帰宅後も飲んでいて、ShowBoat出てからの記憶がところどころ怪しい)


そして明日からは緊急事態宣言下、飲食店での酒類提供が禁じられるという。
(またすっとこどっこいなことを…)
外飲みをさせないために公園も封鎖するって?


ともあれ5月以降もDJ予定入ってます。
詳細はまた後日。

THE STOOGES/LIVE 1971 & EARLY LIVE RARITIES(1991)

STOOGES.jpg1991年…ほとんど毎月、掘り出し物を求めて西新宿をうろついていた頃に入手した1枚。
(げっ、30年前か)

イギー・ポップの60年代末~70年代前半の非公式音源のうち、大体90%は1972~74年のIGGY AND THE STOOGES時代のモノだと思う。
エレクトラ・レコーズで2枚のアルバムを出して71年に解散したオリジナルのTHE STOOGES時代の音源は非常に少ない。
ジャケットにエレクトラ時代のバンド・ロゴがあっても、中身は73~74年のリハーサル、という場合がほとんどだったりする。

ところがこのCDは違った。
1970年に2ndアルバム『FUN HOUSE』をリリースした後、メンバー交代を重ねながらTHE STOOGESが解散へと向かっていた71年のライヴを中心とした音源集。
6曲が71年で2曲が70年、もう2曲が68年という裏ジャケットのクレジットを見て、目玉が飛び出しそうになった。
しかも71年のライヴの1曲目が「I Got A Right」という。
72年にロン・アシュトンがギターからベースにコンバートしたIGGY AND THE STOOGES(リード・ギターはもちろんジェイムズ・ウィリアムソン)の幻のレパートリーだった「I Got A Right」。
(70年代後半以降はイギー・ポップのソロのレパートリーとして復活するが)
なんと、STOOGES解散前から演奏されていたのか、と。

裏ジャケットには、前半6曲は1971年5月セントルイスでのライヴとある。
二つ折りの簡素なインサートを開くと、メンバーはイギー・ポップ(ヴォーカル)、ロン・アシュトン(ギター)、ジェイムズ・ウィリアムソン(ギター)、ジェイムズ・レッカ(ベース)、スコット・アシュトン(ドラム)との表記。
うおおおお。
ロンとジェイムズのツイン・ギター時代のライヴ!
そして残り4曲はデイヴ・アレクサンダーがベースだったオリジナル編成でのライヴ。
2曲は70年の有名な”Crosley Field Festival Cincinnati”の「T.V.Eye」と「1970」、2曲は68年”Wampler's Lake”での「Ron's Jam」と「What's You Gonna Do」。
うおお、こりゃすげえ。

問題は、音質だった。
並のブート以下、およそ聴けたもんじゃないレベル。
これまでに聴けたことのなかった音源が聴けた喜びと、劣悪にもほどがある音質に対する失望…の間で、引き裂かれるような思いを味わった1枚(笑)。

ともあれ1991年の時点で、71年のツイン・ギター編成での「I Got A Right」が聴けたのはこの1枚だけだったと思う。
そして71年の他の5曲は、それまで全く聴いたことのない楽曲だった。
72年のIGGY AND THE STOOGESでも「I Got A Right」や「I'm Sick Of You」や「Gimme Some Skin」などの名曲がお蔵入りになったが。
デイヴ・アレクサンダーがクビになってスティーヴ・マッケイ(サックス)がバンドを離れた70年代以降のTHE STOOGESでも、『FUN HOUSE』(70年)でのファンクやフリー・ジャズに接近したスタイルから、その後のIGGY AND THE STOOGES『RAW POWER』(73年)につながるソリッドなR&Rへの移行が図られていたのだ、ということを、このCDで初めて知ったのだった。
とはいえ、「You Don't Want My Name」は『FUN HOUSE』の方向性の延長線上と感じられるし、「That's What I Like」は「1969」の改作みたいなリズム。
試行錯誤の時代だったのだなあ。

それにしても、THE STOOGES~イギー・ポップのソロを通して、ツイン・ギター編成ってほとんどこの頃だけなんだよな。
スコット・サーストンとかアイヴァン・クラールとか、キーボード兼ギターのメンバーがいて時々ギター2本になるという時期はあったけど(90年代はイギー自身がギターを弾いたりも)、専任ギタリストが二人というのはロン・アシュトン以外にビル・チータムまたはジェイムズ・ウィリアムソンがいた1970年~71年だけだったはず。
(何故だろう)

1970年の2曲は抜粋。
インサートにクレジットはないものの、もちろん「1970」ではスティーヴ・マッケイがサックスを吹いている。
68年の「Ron's Jam」はイギー・ポップ抜きのインストゥルメンタルで、『FUN HOUSE』リリース後にドラッグとアルコールで使い物にならなくなったデイヴ・アレクサンダーが、この時点ではリード・ベース的な強力なプレイを聴かせていたことがわかる。

まあ、どれも劣悪な音質なんですけどね。
リリース元のスターファイターという謎のレーベルは、結局このライヴ盤しか出していないらしい。

明後日です

転 APR 2021-2.jpgはい、3回目の緊急事態宣言も秒読みとなった今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
こんな調子でオリンピックとか…。
「東京に来ないでください」を数ヵ月徹底するぐらいじゃないと、収束はないと思うんだが。
いわんや大阪をや。


オリンピックはともかくとして、23日(金)「転 Vol.19」@高円寺ShowBoatまであと2日となりました。
どうにかタイムテーブルの繰り上げだけで、中止にならずに済みそうですよ。
(19時ではなく17時スタートです)
出演バンドも変わらず。


選曲終えました。
今年初めて、そして昨年12月以来となるDJとあって、アレも回したいコレもかけたいとなってしまい、CDがとんでもない数に…。
(とはいえ、出演4バンドより俺の方がトータルで出番長いからね)
ドリンクは19時までしか買えないはずだから気を付けなければ。
そして終わったら即閉店という…。


一番手MONE¥i$GODからトリの熊のジョンまで、バンドも全部ナイスです。
初めて観るNAKED SOUL HYBRIDも楽しみ。


ともあれ金曜早い時間のスタートですが、御一緒出来る皆様はヨロシクです。
精いっぱい楽しみましょう。

HELLCRASH/KRVCIFIX INVERTOR

HELLCRASH.jpgイタリアのスラッシュ・トリオによる1stアルバム。

HELLCRASHは2013年、リグーリア州ジェノヴァ県の観光地として知られるサンタ・マルゲリータ・リグレで結成されている。
メンバーはヘルレイザー(ヴォーカル、ギター)、スカルクラッシャー(ベース)、ナイトキラー(ドラム)の3人。
VENOM、BULLDOZER、SLAYERの影響を標榜し、歌詞の題材は一貫して”Hell”とか”Satan”とか”Destruction”とか。
13年から15年にかけてデモやスプリットをリリースした後、17年から19年にかけていったん表立った活動を停止するが、その間に新曲を書きためていたらしい。
そうして20年10月からレコーディングされていたのがこの1stアルバム。

SLAYERの『SHOW NO MERCY』を連想させるジャケット。
初期のSODOMを思わせるメンバーのステージネーム。
(SODOMやDESTRUCTION、それにBATHORYやPOSSESSEDも聴きまくっていたに違いない。ルックスも気合入っている)
そして「War Against Christ(Satan Or Die)」「Evil Executioner」「Hordes Of Satan」「Into The Necropolis」「Satanic Heresy」「Raped By Satan」(!)「Mephistopheles」…といった曲名のセンス。
音を聴く前から期待は高まる。

で、音の方は、まさに期待を裏切らない。
コレは…初期VENOMあるいはBULLDOZERそのものではないですか。
21世紀のバンドとはおよそ信じがたい、ノイジーでダーティーでイーヴルなオールドスクール・スラッシュ・メタル。
ヴォーカル担当がギタリストじゃなくてベーシストだったらもっと良かったね、というぐらいの(笑)。

そして、単にVENOMやBULLDOZERの焼き直しにとどまらない個性も、もちろんある。
特徴的なのは、曲が長めなこと。
大半の楽曲が5分以上あり、インストゥルメンタル・パートを展開させる。
当然ながら(?)それほどテクニカルなバンドではないので、展開と言ってもプログレッシヴ・メタルみたいにはならないが。
VENOMの『AT WAR WITH SATAN』みたいにLP片面1曲とかではないものの、初期のVENOMやBULLDOZERのような、パンキッシュな突進力による一点突破というスタイル…とはまた違った持ち味を獲得している。

課題を挙げるとすれば、例えば初期のVENOMにあった「Witching Hour」や「Black Metal」のような、1回聴いたら覚えてしまうレベルの名曲がない、というところだろう。
しかし、それを差し引いても、今年の年間ベストの候補に挙げて良いアルバムだと思う。
大推薦。

国内盤はボーナス・トラック2曲追加で、500枚限定ナンバリング入り。
『KRVCIFIX INVERTOR』、21日リリース。

RICHARD HELL AND THE VOIDOIDS/DESTINY STREET(1982)

RICHARD HELL.jpgリチャード・ヘル本人に関してはずっと以前にこのブログで、DOLLの記事を大幅に改定したモノを載せているが。
https://lsd-blog.at.webry.info/201607/article_241.html
ともあれニューヨーク・パンク史上の名盤として知られる1stアルバム『BLANK GENERATION』(1977年)…に較べると、ちょっと分が悪いかな、という2ndアルバム。
TELEVISIONの2ndアルバム『ADVENTURE』(https://lsd-blog.at.webry.info/201812/article_2.html)に近いポジションの1枚とも言えるかも知れない。
そして、『ADVENTURE』が巷間で言われるような駄作ではないのと同様、『DESTINY STREET』も決して悪いアルバムではない。
個人的にはむしろ『BLANK GENERATION』よりもずっと多く聴いている。

TELEVISIONはデビューから変わらぬ4人編成で2年続けて2枚のアルバムを出して解散したが。
RICHARD HELL & THE VOIDOIDSの状況はもっとずっと悪かった。
『BLANK GENERATION』リリース後、1978年にはマーク・ベル(ドラム)が脱退してマーキー・ラモーンになってしまい。
79年1月にはシングル「The Kid With The Replaceable Head」をリリースしたものの、その頃には最早バンドの実態はなかった様子。

前作から5年も経ってからようやくリリースされた2ndアルバム。
プロデューサーは当時THE dB'sやマーシャル・クレンショウを手掛けていたアラン・ベットロック。
リチャード・ヘル(ベース、ヴォーカル)、ロバート・クワイン(ギター)、ノークス・メイシェル(ギター)に、NEW YORK GONGやMASSACREにいたフレッド・メイヤー(ドラム)という4人編成だったが。
ロバートは既に1981年からルー・リードのバンドで活動するようになっていたし、バンドとしての実態はやはり怪しい。

『BLANK GENERATION』でもCREEDENCE CLEARWATER REVIVAL「Walk On Water」の秀逸なカヴァーが収録されていたが。
『DESTINY STREET』では全10曲中3曲がカヴァー。
それぞれの出来は良いものの、前作から5年も経ってやっと出た新作に、オリジナルの新曲が7割しかないという事実には、やはりバンドとしての勢いのなさを感じてしまう。

とはいえカヴァー3曲の出来は本当に良い。
それにしても。
THE KINKSのシングルB面曲「I Gotta Move」の曲名と歌詞をちょっとだけいじった「You Gotta Move」、THEMの名曲「I Can Only Give You Everything」(MC5がカヴァーしていたことは意識されたに違いない)はともかく。
ボブ・ディランの『PLANET WAVES』(1974年)から「Going Going Gone」を持ってくるとは。
やはりと言うべきか、(リチャード・ヘルの髪型やファッションを真似た)英国パンク勢とはまるっきり違うセンス、を感じずにいられない。
(むしろ、同様にディランからの影響を標榜した、英国パンクのルーツ世代であるミック・ファレンあたり…に近い感覚)
あと、”全部、全部あげるから…一人にしないでくれ…”という「I Can Only Give You Everything」アウトロでの強烈な情けなさがまた何とも。

そしてもちろんオリジナル曲。
アルバムの冒頭を飾る「The Kid With The Replaceable Head」(大阪のDJ・キングジョーが一時期定番にしていた)や、1990年の来日ライヴで1曲目だった「Ignore That Door」のような速い曲も良いが。
個人的なハイライトは、時の流れに対する己の無力を歌う「Time」だ。
リチャード・ヘルにとってのデイヴィッド・ボウイ「Changes」、みたいな曲だと思っている。
「Destiny Street」や「Downtown At Dawn」といった楽曲がファンクっぽいのも、ニューヨーク・パンクなど既に終わってしまった82年の時点での新しい方向性の模索、を感じさせる。

ドラムをはじめとして、バンドの演奏は実にタイト。
2本のギターも、フリーキーに暴れる部分とバッキングをしっかり締める部分のバランスが良いと思う。
リチャード・ヘルのベースも、『BLANK GENERATION』の頃よりもかなり上手く聴こえる。
TELEVISION在籍時から、妙に込み入ったフレーズを弾こうとするわりに演奏技術が追い付かない感のあったリチャード、ここではかなり印象的なフレーズをしっかりしたプレイで連発している。
まあ歌はヘロヘロだが(笑)、それは味というモノだろう。

結局、この時の4人編成はこの時だけに終わる。
アルバムに伴うツアーは、リチャード・ヘル以外全く違うメンバーで行なわれたという。
RICHARD HELL & THE VOIDOIDSの名は1983年頃から使われなくなり。
「Destiny Street」で聴かせたファンク的な方向性を推し進めるように、84年には単身ニューオーリンズへと向かったリチャードだったが、80年代半ば以降はコンスタントに音楽活動を続けることはもうなかった。

ちなみにジャケットの写真はリチャード・ヘルのアパートのベッドルームで録られたモノという。
後ろにいる美人さんは、カノジョだったパティ・スマイス?…と思ったら、この頃のリチャードはまだパティと付き合う前で。
窓の前に立っているのは、リチャードの女友達で映画などのライティング・デザイナーとして知られるアン・ミリテッロという人だそうです。
(女優みたいにきれいねえ)

先に書いた通り、『BLANK GENERATION』よりもこのアルバムを聴くことの方が多い。
最近、最新リマスター/リミックスにライヴ音源などを収録した2枚組の新装版が出たのだそうで。

They gotta go now…

NUGGETS.jpg7日にラルフ・シュケットが亡くなったという。
死因は不明。
71歳。
UTOPIAのキーボーディストとして知られるが、トッド・ラングレンのアルバムにはそれ以前から参加していた。
そもそもデビューは60年代のCLEAR LIGHTで、UTOPIA以外でもキャロル・キングとかジェイムズ・テイラーとかイヴォンヌ・エリマンとかエリオット・マーフィーとかベット・ミドラーとかHALL & OATES(トッド人脈だ)とかレイチェル・スウィートとかTHE FOUR TOPSとかシェールとかパティ・スマイスとかホイットニー・ヒューストンとかTHE MONKEESとか、セッションマンとして大活躍した人でした。

16日にはマイク・ミッチェルが。
こちらも死因は不明。
亡くなったのは77歳の誕生日だったそうだ。
THE KINGSMENのリード・ギタリスト。
KINGSMENは何と現在も活動していて、「Louie Louie」レコーディング時のメンバーはディック・ピーターソン(ドラム)が今も健在だが、1959年の結成時から残っていた唯一のオリジナル・メンバーが、遂にいなくなってしまった。

そして17日の朝にルー・ルイスが亡くなったとのこと。
癌との闘病を続けていたという。
66歳だったはず。
そのハープとヴォーカルのカッコよさに比して、ドラッグ問題など素行不良がひど過ぎ、自身のアルバムがあまりにも少なかったのは残念。
(80年代後半~90年代前半にかけて7年間を刑務所で過ごし、出所後もしばらくホームレス状態で、鮎川誠のレコーディングに参加した時はロンドンの街中を探してスタジオに連れて来たとかいう話を読んだ記憶が)
一方でTHE STRANGLERSやTHE CLASH、カースティ・マッコール、ウィルコ・ジョンソン、そして鮎川誠などの作品で存在感あるプレイを聴かせた。
そういやこの人も「Louie Louie」演ってたよなあ。


次々といなくなることである。
御冥福をお祈りします。

疑惑のカタカナ

俺と悪魔のブルーズ.jpg久しぶりの”疑惑のカタカナ”。

『DJ道』(https://lsd-blog.at.webry.info/201807/article_11.html)で有名な漫画家・ムラマツヒロキ先生が、某SNSで「Bluesは”ブルース”か”ブルーズ”か?」みたいな話をしていて。
日本では”ブルーズ”の表記で統一してるのはかのBURRN!ぐらいだから、まあ”ブルース”派の方が多いだろうなあ、というのは予測出来た。
そして実際その通りだった。

それはイイとしても。
ムラマツヒロキ先生の書き込みに対して付いたコメントに、「発音としては”ブルーズ”が正しいんだろうけど、言いづらい」みたいなのが多くて、そこは驚いてしまった。
(ムラマツ先生も同様の立場だった)
ええっ?
言いづらいか?
俺、ずっと”ブルーズ”で通してて、言いづらいとか思ったことは一度もないんだが…。

そりゃ”ナイアルラトホテップ”と”ニャルラトホテップ”のどっちが言いづらいかとかならわかるけどさあ。
(どういう例えだ…実はたまたま今日その話をしていたので)
そんなに言いづらいかなあ…。

俺が”ブルーズ”と言うようになったのは、やはりBURRN!の影響なんだけど。
それを補強したのが、学生時代の経験だった。
当時の友人がアメリカ人に自己紹介する時に「アイ・ライク・ブルース!」と言っていて。
(もっとも、その友人が言う”Blues”というのはRAINBOWのライヴでリッチー・ブラックモアがちょこっと弾くようなやつで、彼は黒人ブルーズなんてほとんど聴いていなかったのだが)
それに対し、アメリカ人からはほぼ100%「Springsteen?」と訊き返されていたのを見て、「ダメだこりゃ」(←長さん)と思ったのだった。

一方…”マイクル・ジャクスン””ヒオデジャネイロ”など、発音に即した表記にはうるさいはずのミュージックマガジン/レコードコレクターズ界隈でもいまだに”ブルース”という表記のままなのも不思議だ。
講談社『俺と悪魔のブルーズ』(画像)なんか、ちゃんと”ブルーズ”なのに…。


あと、全然関係ないけど”デヴュー”って書くのやめようぜ。
Debutは”デビュー”でしょ。
で、Reviewは”レヴュー”、Interviewは”インタヴュー”な。

QUICKSILVER MESSENGER SERVICE/ANTHOLOGY(1973)

QUICKSILVER MESSENGER SERVICE.jpgオリジナル・アルバムを紹介し。
https://lsd-blog.at.webry.info/201607/article_120.html
再結成アルバムも紹介し。
https://lsd-blog.at.webry.info/201612/article_12.html
ゲイリー・ダンカン(ギター)のQUICKSILVER名義のアルバムも紹介し。
https://lsd-blog.at.webry.info/201607/article_1424.html
…という程度にはQUICKSILVER MESSENGER SERVICEが好きなんだけど。
更にベスト盤も行ってみましょう。

バンドが解散した1973年にリリースされているのだが。
国内CD化は88年と90年。
その前の86年にはシー・フォー・マイルズから『THE ULTIMATE JOURNEY』が出ていて。
そして88年にはキャピトルから『BEST OF QUICKSILVER』が。
更に90年にはライノから『SONS OF MERCURY(1968-1975』と。
ゲイリー・ダンカンのQUICKSILVERも86年にアルバム『PEACE BY PIECE』をリリースしている。
何だろう、80年代後半から90年にかけてQUICKSILVER MESSENGER SERVICE再評価ブームでもあったのだろうか。
ライノからの編集盤は、ジョン・シポリナ(ギター)が89年に亡くなったのを受けてのモノだったかも知れない。

1stアルバム『QUICKSILVER MESSENGER SERVICE』(1968年:全米63位)から6thアルバム『QUICKSILVER』(71年:全米114位)までの楽曲を時系列で並べ。
更に68年のシングルB面曲「Bears」(オリジナル・アルバム未収録)を加えているのだが。
何故か7thアルバムにして(再結成前の)ラスト・アルバムとなった『COMIN' THRU』(72年:全米134位)からは1曲も選ばれていない。
一番売れなかったから?
(一方『BEST OF QUICKSILVER』では『QUICKSILVER』の楽曲が収録されていない)

時系列の収録なので、メンバーの入れ替わりに伴うバンドの音楽的変遷がわかりやすく。
そのため、QUICKSILVER MESSENGER SERVICE入門編としてはかなりナイスな1枚だと思う。
(1枚というか、オリジナルLPは2枚組だったが)

ただ、25分に及ぶ組曲「Who Do You Love」が売りだった名作2ndアルバム『HAPPY TRAILS』(1969年:全米27位)からは「Mona」1曲しか収録されていない。
そこは編集盤の限界で。
もっとも、このベスト盤を聴いて気に入った人は、『HAPPY TRAILS』をはじめとしてオリジナル・アルバムも買いたくなるだろう。
ちなみに『HAPPY TRAILS』は発売後20年以上じわじわと売れ続け、なんと92年になってゴールド・ディスクを獲得している。

豪快で太いギター・ロックを聴かせる初期から、ニッキー・ホプキンス(キーボード)を迎えて洗練された感のある3rdアルバム『SHADY GROVE』(1969年:全米25位)へ。
ゲイリー・ダンカンとディノ・ヴァレンティ(ヴォーカル)が復帰して更なるセンシビリティの獲得へと向かった4thアルバム『JUST FOR LOVE』(70年:全米27位)と5thアルバム『WHAT ABOUT ME』(70年:全米26位)。
そしてニッキーとジョン・シポリナ脱退を経ての『QUICKSILVER』へと。
どの時期も魅力的。

このベスト盤では、『COMIN' THRU』を別とすると一番売れなかった『QUICKSILVER』から最多の4曲が選ばれているのが興味深い。
それにしてもどの時期も非常にメロディアスで、シングル・ヒットが『JUST FOR LOVE』からの「Flesh Air」(全米49位)しかなかったのが不思議。
俺が大好きな「What About Me」も、シングルとしては全米100位に終わっている。

以前再結成アルバム『SOLID SILVER』を紹介した時、『ANTHOLOGY』が売れたから再結成につながったのでは、みたいなことを書いたが。
実際にはこのベスト盤、当時全然売れなかったのだそうで。
同じ西海岸のバンドでもヒット・シングルを連発したJEFFERSON AIRPLANEのベスト盤『THE WORST OF JEFFERSON AIRPLANE』(1970年)が全米12位のヒットを記録したのとは対照的であった。

ともあれゲイリー・ダンカンのQUICKSILVERにはその後デイヴィッド・フライバーグ(ギター、ヴォーカル)が参加して、2006年にバンド名をQUICKSILVER MESSENGER SERVICEに戻す。
09年にはゲイリーがバンドを離れ、彼は19年6月に亡くなっているが、バンドは現在もDAVID FREIBERG'S QUICKSILVER MESSENGER SERVICE(なげえ!)として存続しているという。

漫画家に限らぬ…

ロダンのココロ.jpg『ロダンのココロ』で知られる漫画家・内田かずひろが、今年の2月に一時ホームレス状態だったのだという。

いわゆる”消えた漫画家”とかの話じゃないんだぜ。
挿画を担当した児童書がこの1月に発売されたばかりで、その書籍の原画展が、まさにホームレス状態となった2月に開催された、バリバリの現役。

住んでいたアパートが取り壊しになった、というきっかけがあったものの。
他のアパートを借りるお金はなかった、と。
仕事がないワケじゃない、現役の漫画家が。
アパートを退去して、知人宅に1ヵ月居候した後、行き場がなくなったのだそうで。

幸いなことにホームレス状態は解消されたものの、現在は生活困窮者を支援する一般社団法人が運営するシェルターに住んでいるのだという。
新しいアパートに移るお金は今もないらしい。
そんなか…。


一本どっこのフリーランスを象徴する存在のひとつが、漫画家だろう。
凄まじいまでのピラミッド構造。
頂点には無限かと思えるほどの財産を築く人たちがいる(鳥山明とか青山剛昌とかな)一方で、三角形の最底辺の人々は、次々に現れては消えていく。


ホームレスにならないまでも。
80年代に「少年サンデー」や「少年ビッグコミック」でそこそこ人気だった某漫画家は、90年代半ばには都内で警備員のアルバイトをしていた。
(俺の友人のバイト先の同僚だったのだ。同僚が漫画家の〇〇〇〇〇と知った友人が興奮気味に連絡してきたのを覚えている)
彼が90年代後半以降に漫画家として盛り返したという話は聞かない。


漫画家に限らぬ。
内田かずひろの件を知って、まず何よりも思ったのは、我が身だ(苦笑)。
コロナ禍で取引先の出版社が出社禁止になったりで、昨年は仕事が激減。
昨年の原稿収入はここ数年で一番少なかった。
(マジでシャレにならんぐらい少なかった。確定申告の作業をしていて泣きそうになった)
いざという時ホームレスになる覚悟、あるいはそれを良しとせずこの世から消え去る覚悟、は常に求められている、気がする。

望んで今の浮き草暮らしになったワケではない、気が付いたらそうなっていたのだが。
ともあれ、最終的には自分のケツは自分で拭かねばならんのである。
(幸い今年は自分が仕事した本が次々と出ているので、まだまだ生きますよ、多分)

タイムテーブル変更

転 APR 2021.jpgはい、23日(金)「転 Vol.19」@高円寺ShowBoatですが。
やっぱりタイムテーブル変更になりました。
幸いバンドの出演キャンセルとかはなく。
開場から終演までがそっくり2時間繰り上がります。







17:00 開場
17:30 MONE¥i$GOD
18:10 THE DEAD PAN SPEAKERS
18:50 NAKED SOUL HYBRID
19:30 熊のジョン


そして終演と同時に閉店となります…。
なので終演後は客出しDJなしですぐ帰ります。
平日なんで、開場から前半のバンドまではお客も少なかろうなあ…。

ともあれ開催出来るだけでも良しとしなければ。
(主催者側はかなり悩んだ末の決断だったはず)
俺は17時から気合入れて回します。
御都合付く皆様は是非御一緒しましょう。

OZRIC TENTACLES/JURASSIC SHIFT(1993)

OZRIC TENTACLES.jpg昨年アルバム『SPACE FOR THE EARTH』をリリースし、EURO-ROCK PRESS Vol.87でインタヴューもしたOZRIC TENTACLES。
このブログで2000年のアルバム『THE HIDDEN STEP』を紹介したのは随分前。
https://lsd-blog.at.webry.info/201607/article_925.html

俺が初めてOZRIC TENTACLESというバンドを知ったのは1988年のオムニバス『TRAVELLERS AID TRUST』(https://lsd-blog.at.webry.info/202103/article_7.html)だったが。
初めて買ったオリジナル・アルバムが『JURASSIC SHIFT』。
そして一番好きなアルバムもコレだ。

1983年に結成され、しばらくはカセットテープのみのリリースだったOZRIC TENTACLESは89年からCDを出すようになり。
CDでのスタジオ・アルバムとしては4作目。

エド・ウィンのギターを中心に疾走する技巧的アンサンブル、スペーシーなシンセサイザー、浮遊するフルート、
20枚以上出ているOZRIC TENTACLESのアルバム、基本的にはどれを聴いても同じようなもんなのだが(笑)。
何故この『JURASSIC SHIFT』が一押しかというと、なんと言っても曲の出来が格段に良い。
中でも2曲目、スペース・ロック名曲中の名曲「Stretchy」。
ソングライティングのほとんどがバンド名義になっているこのアルバムの中で、唯一エドとジョーイ・ヒントン(キーボード)の共作となっているこの曲。
まあカッコいいこと。
DJで何度回したか数え切れないし、今でもこの曲を回せば高確率でお客さんがDJブースに寄ってきて「コレ誰ですか?」となる。
他の曲も良いよ。

エド・ウィンこそがOZRIC TENTACLESそのものであり。
なのでどれを聴いても同じようなもん…というのは確かなのだが。
しかし個人的にはジョーイ・ヒントンとジョン・イーガン(フルート)を擁したこの時期のOZRIC TENTACLESが最高だったと思っている。
ずっとアンダーグラウンドなイメージがあったバンドながら、実は『JURASSIC SHIFT』は当時全英11位のヒットを記録しているのだった。

このバンドについて、かつてはよく”HAWKWIND meets GONG”と言われたモノだ。
ところがEURO-ROCK PRESSでのインタヴューで、エド・ウィンは影響源としてHAWKWINDもGONGも挙げていない。
代わりにCARAVAN、CAMEL、HATFIELD AND THE NORTH、KRAAN、ジミ・ヘンドリックス、SANTANAといった名前が出ていた。
特にKRAANからの影響が大きかったのだという。
なるほど、KRAANかあ。

ともあれ90年代はほとんど毎年アルバムを出していたOZRIC TENTACLES、21世紀に入るとリリースのペースは落ちた。
(ライヴ盤とかが出まくっているが)
そんなこんなで再来年には結成40年となる。
現在はエド・ウィンの妻子を含むファミリー・バンドとなっているOZRIC TENTACLESであります。

それぞれの老境(そして奮闘)

DICTATORS 2nd★.jpg先日スコット”トップ・テン”ケンプナーが認知症でTHE DICTATORSを離脱、と書いた際に、現在のDICTATORSにバンドとしての実態はありやなしや、みたいなことを言ったが。
その直後に、ハンサム・ディック・マニトバを欠くオリジナルの(1975年の1stアルバム『GO GIRL CRAZY!』に限りなく近い編成の)DICTATORSが今年に入ってシングルを出したりして健在、と知った。
アンディ・シャーノフ(ベース、ヴォーカル)、ロス・ザ・ボス(リード・ギター)、スコット・ケンプナー(リズム・ギター:現在は脱退)に、なんとドラムは元BLUE OYSTER CULTのアルバート・ブシャールなのだという(!)。
うわあ、シングル買わなきゃ。

アルバート・ブシャールは現在も自身の活動を続けているので(ソロ・アルバム『RE-IMAGINOS』まだ買ってない…!)、THE DICTATORSの活動に専念というワケではなさそうだが。
(ロス・ザ・ボスもメタル界隈でMANOWAR路線のソロ・プロジェクトを続けているはず)
ともあれ同じマネージメントだったBLUE OYSTER CULTとDICTATORS。
故リッチー・ティーターが”歌うドラマー”だったことからしても、シンガーでソングライターでもあるアルバートの加入は自然な気がする。
いや、シングル買わなきゃ…。

そしてアルバート・ブシャール。
ここに来てTHE DICTATORS加入って。
BLUE OYSTER CULTの最新作『THE SYMBOL REMAINS』(https://lsd-blog.at.webry.info/202010/article_7.html)に接して、コレがラスト・アルバムでは…と書いたが、ひょっとしたら本家BLUE OYSTER CULTよりも、40年前にバンドをクビになったアルバートの方がしぶとく生き残るかも知れない、と思ったり。


一方、CHEAP TRICKのトム・ピーターソンが心臓手術を受けたという。
ロビン・ザンダーと共にバンドのハンサム面を担ってきたトムも、来月71歳。
心臓を病んだりしても仕方がない年齢になった。
それにしても、個人的にはいまだに”出戻り”という印象があるトム…既に脱退前よりもバンド復帰後のキャリアの方が遥かに長いのだ。
オリジナル・メンバーに戻ったCHEAP TRICK、誰かが死ぬまでは続きそうだ。


ともあれみんな頑張れ。
死ぬまで頑張れ。
俺も死ぬまで頑張るよ。

やれるのか

転 APR 2021.jpg「まん延防止等重点措置」とやらが明日から東京でも実施されるという今日この頃(こちら埼玉は適用されないらしいが)、皆様いかがお過ごしでしょうか。
「まん延防止等重点措置」って、要するに実質「緊急事態宣言」と同じでしょ?
3回目の緊急事態宣言やっちゃうとオリンピック出来ないから言い換えただけでしょ?
とんちか?

数日前に23日(金)の「転 Vol.19」@高円寺ShowBoatまであと2週間ですよ、と書いたらまん延防止等重点措置ですってよ。
今のところ開催の方向です。
開場・開演時刻や出演バンドには変更あるかも。
もし中止になったら、今年1回もDJやらないまま1年の3分の1が過ぎちゃうなあ…。

オンキヨーが上場廃止の見込みという。
コロナ禍で海外工場の操業が一時停止するなどで、業績が悪化したのだそうで。
嗚呼。

「MODS MAYDAY」中止。
FUJI ROCK FESTIVAL開催の一方で、GLASTONBURY FESTIVALは配信ライヴに…?


北朝鮮がオリンピック不参加とのこと。
カナダも怪しい。
現在ロックダウン中のイギリスやフランスも、選手団出せるかどうか。
そして大阪では聖火リレー中止。
オリンピック無理じゃねえの…?


とりあえず今は「転 Vol.19」の無事開催を祈るのみ。

MARBLE SHEEP & THE RUN DOWN SUN'S CHILDREN/SHINJUKU LOFT(1995)

MARBLE SHEEP.jpg先日THE STRANGE MOONの2ndアルバム『SECOND TRIPS』(https://lsd-blog.at.webry.info/202104/article_5.html)を紹介したが。
そのSTRANGE MOONを率いるKenこと松谷健(ギター、ヴォーカル)がかつてやっていたMARBLE SHEEP & THE RUN DOWN SUN'S CHILDRENのライヴ盤。

キャプテン・トリップ・レコーズの15作目で、当時MERZBOWやPSYCHIC TVやMASONNAなどを出していた英国のレーベル、コールド・スプリングとの共同リリース。
ジャケットにはバンド名よりもアルバム・タイトルよりも大きく、カタカナで”コールド・スプリング”と書かれている。

1stアルバム『MARBLE SHEEP & THE RUN-DOWN SUN'S CHILDREN』(1990年)をリリースする以前の88年5月13日、5月31日、6月18日、旧新宿LOFTでのライヴ音源を1曲ずつ収録した、全3曲。
(MARBLE SHEEP & THE RUN DOWN SUN'S CHILDRENって当時そんなに頻繁にライヴやってたのか。俺は90年代末に復活してMARBLE SHEEPになってからしか観ていない)
音質はあまり良くないが、ブートっぽいRAWな音として楽しめる。

「Cement Woman」は『MARBLE SHEEP & THE RUN-DOWN SUN'S CHILDREN』に収録され、その後90年代末以降のMARBLE SHEEPでもレパートリーとなっていた代表曲のひとつだが、再編後にヘヴィなR&Rとしてプレイされていたのとは同じ曲と思えないほどアレンジが違う。
20分半もあり、ちょっとPINK FLOYDあたりを想起する静かなイントロから徐々に熱を帯びてノイジーになっていく。
ZENI GEVAなどで知られる田畑満がヴォーカルとしてゲスト参加。
(ここでは”Mara Tabata”とクレジット)

「Hawks Out」はバンドが音楽性を変えた90年代前半には演奏されなくなった曲で、スタジオ録音は残されていないはず。
曲名通りHAWKWINDを思わせる強力な反復&疾走ナンバー。
INCAPACITANTSの美川俊治がオーディオ・ジェネレーターでゲスト参加しているので、ますますHAWKWINDっぽい。
コレも16分に及ぶ熱演。

最後の「Fish」は、これまたその後のアルバム『BIG DEAL』(1992年)に収録されたトロピカルなヴァージョンと同じ曲とは信じられない、ラウドなギターがうなりを上げるヘヴィ・サイケなアレンジ。

いずれも、『BIG DEAL』から解散までの楽園志向とも言うべき方向性とは別のバンドみたいな。
しかし”ヘヴィ・サイケデリック・ハード・ロック”を標榜していたこの時期のMARBLE SHEEP & THE RUN DOWN SUN'S CHILDRENも実にカッコいい。
そして、収録されたライヴから31年、リリースからでも26年経つ今も、松谷健はしぶとく活動を続けている。
当時500枚限定だったというこのアルバムも、今ではBandcampで聴ける。

あと2週間(タイムテーブル決定したが)

転 APR 2021.jpgはい、4月23日(金)「転 Vol.19」@高円寺ShowBoatまであと2週間となりました。


タイムテーブルも決定しております。









19:00 開場
19:30~20:00 MONE¥i$GOD
20:10~20:40 THE DEAD PAN SPEAKERS
20:50~21:20 NAKED SOUL HYBRID
21:30~22:00 熊のジョン


問題は新型コロナウイルス感染拡大が止まらないこの状況で、22時までちゃんとイヴェントやれるかどうかですなあ。
ひょっとしたら、開場・開演が繰り上がる可能性もございます。

中止にだけはならないでほしいところ。
一時はクラスターの発生源としてやり玉に挙げられていたライヴハウス(安易に叩けるところを求めたがる馬鹿は御しがたいね~)、現在では何処のハコも感染防止対策によく配慮された安全な場所ばかりですよ。
皆様、是非お越しください。

ペースメーカーの退場に寄せて

SCOTT KEMPNER.jpgTHE DICTATORSの”ペースメーカー・ギター”であり、THE DEL-LORDSのヴォーカリスト、そしてソロでも活動していたスコット”トップ・テン”ケンプナーが、認知症のためDICTATORSを離れるという。
DICTATORSだけでなく、音楽活動自体の終了と考えるべきだろう。
嗚呼。

ハンサム・ディック・マニトバ(ヴォーカル)、ロス・ザ・ボス(ギター)、アンディ・シャーノフ(ベース)という往時のメンバーに、のちにTHE DICTATORSのメンバーとなるJ.P.”サンダーボルト”パターソン(ドラム)も参加していたMANITOBA'S WILD KINGDOMが(DICTATORSの未発表曲をレパートリーにしていながら)再編DICTATORSを名乗らなかったのは、そこにDICTATORSのペースメーカー・ギターたるスコット・ケンプナーがいなかったからでは、と思っている。
そして90年代後半になってDICTATORSがようやく再結成を果たした時には、当然スコットがそこにいた。
スコットはDICTATORSにとって、欠くべからざるメンバーだったのだ。

現在のTHE DICTATORSに、バンドとしての実態がどれほどあるのか知らない。
(ハンサム・ディック・マニトバとロス・ザ・ボスを中心とするTHE DICTATORS NYCにはスコット・ケンプナーどころか、リーダーだったはずのアンディ・シャーノフすらいない)
スコットがバンドを離れる、とアナウンスされているからには、他のメンバー(って誰だ?)にはスコット抜きでバンドを存続させる意志があるのだろう。
しかし、スコットのいないDICTATORSはDICTATORS足り得るのだろうか。
もちろん俺たちは、不動のリズム・ギタリストだったマルコム・ヤングを欠くAC/DCが現在も存続しているという事実を知っているのだが…。

スコット・ケンプナー、この2月で67歳。
随分早いリタイアだ、と言わざるを得ない。
しかし認知症を患ったマルコム・ヤングは64歳で逝った…スコットより若かったのだ。

70歳まで現役を続けたレミーや、もうすぐ74歳になるイギー・ポップ…などの存在(そしてTHE ROLLING STONES!)に、俺たちは慣らされ過ぎただろうか。
ロック・ミュージシャンなんて、そもそも27歳でバタバタと死ぬような”Live Fast, Die Young”な存在だった。
スコット・ケンプナーも、自分が60代後半まで生きて認知症になるとか、想像もしていなかったかも知れない。
だがしかし。
だがしかし…。

LORD HIGH FIXERS/THE BEGINNING OF THE END…THE END OF THE BEGINNING!(2002)

LORD HIGH FIXERS.jpgテキサス州ヒューストンのガレージ番長ティム・カー率いたバンドのラスト・アルバム。
アルバムやミニアルバムを出すたびにレーベルが違っていたが、コレはイン・ザ・レッドからのリリース。

リリースは2002年だが、バンドは前年に解散していた。
そのためか、マイク・キャロル(ヴォーカル)、ティム・カー(ギター)、アンディ・ライト(ギター)、ロビー・ベックランド(ベース)、ステファニー・ペイジ・フリードマン(ドラム)の5人は”the lord high fixers were”とクレジットされている。

MUDHONEY「You Got It」、MORLOCKS「One Way Ticket」、THE IMPRESSIONS「People Get Ready」、フィル・オクス「I'm Gonna Say It Now」、ナサニエル・メイヤー「I Had A Dream」他、雑多に過ぎるカヴァーが多い。
そして、バンドが当初より聴かせていたフリーキーでアヴァンギャルドなサウンドは、ここに極まっている。
最早いわゆるガレージ・パンクには聴こえない曲の方が多い。

何故かサックスの音が聴こえる…と思ったら、以前このブログでも紹介したシカゴのTHE VANDERMARK FIVE(https://lsd-blog.at.webry.info/201607/article_1153.html)のリーダー、ケン・ヴァンダーマークがゲスト参加している。
ケンは演奏だけでなくソングライティングでも2曲にクレジットされていて、「Theme From The Ballad Of Jesse Saywers」なんかはほとんどジャズそのものだ。
そしてアルバムはティム・カーのギターとケンのサックスの多重録音による「The New Spiritual」で終わる。

全体がジャズっぽいワケではなく、それは部分的な要素に過ぎない。
とにかくどの曲でも、先述の通りフリーキーかつアヴァンギャルド。
パンクもガレージももちろんあるが、ガレージ・パンクのファンよりかは、むしろDESTROY ALL MONSTERSや初期のTHE RESIDENTSなんかが好きな人にウケそう。
恵まれた才能をファンが付いてこられないような方向に全振りするという点で、ティム・カーにはミック・コリンズあたりに共通する部分も感じたり。

そのティム・カー、近年はイラストレーターとして活躍しているのだそうで。

遠ざかるふるさと

ADAM AND THE ANTS.jpg室蘭市青少年科学館が閉館。
北海道で生まれ育った人で、小中学生時代に訪れたことのある人は多いはず。
俺も行った。


そして、札幌の商業ビル「4丁目プラザ」が来年1月末で営業を終了するのだという。
老朽化のため解体するのだそうで。
嗚呼。

4丁目プラザには、かつて中古レコード店「RECORDS-RECORDS」の支店が入っていた。
レコードというモノを買うようになった俺が、最初に通うようになったレコード店がTOWER RECORDSとRECORDS-RECORDS4プラ店だ。
(”よんちょうめぷらざ”ではなく”よんぷら”と呼ぶのが普通だった)
国内盤の新譜は近所のレコード店「ムラタ」で買っていたが、輸入盤はTOWER RECORDS、中古盤はRECORDS-RECORDSで買っていた。

以前にも書いたが、俺が初めて買った7inchシングルは4丁目プラザのRECORDS-RECORDSで入手したADAM AND THE ANTS「Stand & Deliver!」(https://lsd-blog.at.webry.info/201812/article_17.html)だった。
…はず、だ。
ひょっとしたらLED ZEPPELINの「Black Dog」だったかも知れない。
その後DEVOの「Girl U Want」とURIAH HEEPの「Look At Yourself」も買った。
全部7inch。

4丁目プラザのRECORDS-RECORDSでLPを買った記憶はない。
ただ、THE YARDBIRDSのLPを眺めていて、お店の人に「えらい!」と声をかけられてびっくりしたのは覚えている。
(あの人どうしているだろう)

俺が最後に札幌に帰省したのは11年前。
その時だったか、もっと前の帰省の時だったか、4丁目プラザのRECORDS-RECORDSがなくなっていてびっくりしたモノだった。
遂に4プラそのものがなくなるのか…。


金も時間もなく、そこにコロナ禍。
今度札幌に帰れるのはいつになることか。
俺の音楽人生のスタートを彩った場所は、まだわずかに残っている。
生きているうちにもう一度訪れたいモノだが。

THE STRANGE MOON/SECOND TRIPS

STRANGE MOON.jpgMARBLE SHEEP/キャプテン・トリップ・レコーズのKenこと松谷健のバンドKEN & THE STRANGE MOON、2019年の1stアルバム『IN THE STORMY NIGHT』(https://lsd-blog.at.webry.info/201903/article_18.html)に続く2ndアルバム。
バンド名は短縮されて、単にTHE STRANGE MOONとなっている。

『IN THE STORMY NIGHT』の時点ではKen(ギター、ヴォーカル)、Ajima(ギター)、Keiji Ronson(ギター)、Ike-chang(ドラム)の4人がメンバーだったが、今回は『IN THE STORMY NIGHT』でゲスト扱いだったLouisことルイス稲毛(ベース)、Kummy(コーラス:元MUTANT MONSTER BEACH PARTY)、Tomoko Jett(コーラス:環七スピードキャッツ)もバンドのメンバーとしてクレジットされ、ジャケットにも7人の姿が写っている。
他にTaro Arakawa(パーカッション、コーラス:元MARBLE SHEEP)、ko2rock(サックス、コーラス:JAGATARA2020)、Madoka(コーラス)がゲストとして参加。

CDの再生ボタンを押すなり飛び出してくる、荒々しくガレージ的なサウンドに驚かされる。
プロデュースはKenとKeiji Ronsonで、エンジニアはKeiji。
『TWIGA』(https://lsd-blog.at.webry.info/202011/article_12.html)の頃のMARBLE SHEEP & THE RUN DOWN SUN'S CHILDRENや90年代末以降のMARBLE SHEEP、Kenのソロ・アルバム『AFTER THE RUSH』(2015年)の方向性を融合し統合したような印象があった『IN THE STORMY NIGHT』に対し、文字通りその次を目指したような新しい一面が聴ける。
全体的にR&R色の強い音は、一聴してMARBLE SHEEP時代に揺り戻したような感がありつつ、サイケデリックにしてハードなR&RだったMARBLE SHEEPに較べると、音質のせいもあってややパンク的な感触。
そんな中でも「Abduction(カウ・ガールと光る物体)」はやっぱりというかT.REXっぽかったり。
「Warp(時空をゆがめて)」には90年代のウェイン・クレイマー(元MC5)のソロを思い出したり。
「A Cornfield in the Desert(コーン畑の怪)では後期のWHITE HEAVENを連想したり。

一方で「Abduction」後半はまさかのカントリー/カウ・パンク的展開。
「My Sweet Vampire(愛しのヴァンパイア)」も、コレまでのKenの音楽にはなかったファンキーさを聴かせる。
「Dreams of Equatorial(赤道直下の夢)」は更にびっくりのラテン・ロックだ。
「Stand By Me」風のベースで始まる「Mr.Spice(ミスター・スパイス)」はフィル・スペクターを意識したかのごとき、奇妙なポップ・ナンバー。
(CDの帯には”大ヒット曲「ミスター・スパイス」を収録したセカンド・アルバム”とある)
そして強力なR&R「We Need Beer(ビールちょうだい)」でアルバムが終わる。

KummyとTomoko Jettはコーラスとクレジットされているが、リード・ヴォーカルを担当する箇所も多く、実質的にトリプル・ヴォーカルと言える状態。
『IN THE STORMY NIGHT』同様、Kenの歌詞には女性的な言い回しも多く、女性ヴォーカルは自然にハマっている。
ゲストのサックスとパーカッションも随所で効果的に響く。

あと、各楽曲に英語タイトルと邦題が両方付けられているのが楽しい。
その昔、俺がキャプテン・トリップ・レコーズでよくライナーノーツを書かせてもらっていた頃、Kenと二人していろいろ邦題を考えるのを楽しんでいたのを思い出した。

還暦となったKenがまだまだ新しいアイディアにあふれ、音楽を楽しんでいるのが伝わってくる1枚。
『SECOND TRIPS』、1日より発売中。

THE BEST OF & THE REST OF/HAWKWIND(1990)

HAWKWIND.jpgこのブログでHAWKWINDの編集盤を何枚紹介したか思い出せない。
(まだまだあるからまだまだやるよ!)

オリジナル・アルバムで最初にリアルタイムでCDで買ったのは1988年の『THE XENON CODEX』(https://lsd-blog.at.webry.info/201810/article_12.html)だったが。
最初にCDで買った編集盤はコレだった。
西新宿の何処かで買ったと記憶する。

アクション・リプレイという得体の知れないレーベルから出ていたシリーズ”THE BEST OF & THE REST OF”の1枚。
このブログでは他にSHAM 69のライヴ盤(https://lsd-blog.at.webry.info/201607/article_1700.html)を紹介した。

とにかく金の続く限り何でもかんでも買っていた時代に入手した1枚。
同じ1990年にレシーヴァー・レコーズから出ていたCD2枚組編集盤『ACID DAZE』から抜粋して、「Silver Machine」のライヴ音源を追加した1枚、ということになる。

『ACID DAZE』のクレジットを信用すれば、前半は70年代後半の音源。
1曲目が「High Rise」のライヴ音源。
(多分1977年頃)
このアルバムを買った時点ではまだ『P.X.R.5』(78年)を買っていなかったので、そのカッコよさにぶっ飛ばされた。
(多分)ロバート・カルヴァート(ヴォーカル)、デイヴ・ブロック(ギター)、エイドリアン・ショウ(ベース)、サイモン・ハウス(キーボード)、サイモン・キング(ドラム)の5人編成。

2曲目「British Tribal Music」はHAWKLORDS時代の音源とのこと。
多分1978年の録音だろう。
デイヴ・ブロック(ギター、シンセサイザー)、ハーヴェイ・ベインブリッジ(ベース)、スティーヴ・スウィンデルス(キーボード)、サイモン・キング(ドラム)の4人と思われる。

3曲目「Spirit Of The Age」と4曲目「Urban Guerilla」は多分1979年のライヴ音源で、デイヴ・ブロック(ギター、シンセ、ヴォーカル)、ヒュー・ロイド・ラントン(ギター)、ハーヴェイ・ベインブリッジ(ベース)、ティム・ブレイク(シンセ)、サイモン・キング(ドラム)の5人だろう。

後半「Born To Go」「Space Is Deep」「You Shouldn't Do That」は70年代前半の音源。
(ベースはレミーだろう)
最後に収録された「Silver Machine」は当然ながら(?)オリジナル・ヴァージョンではなく、80年代にシングルなどで何度もリリースされた中途半端なライヴ・ヴァージョン。

ともあれこの頃、MOTORHEAD、THE STOOGES、BLUE OYSTER CULT、PINK FAIRIES、RADIO BIRDMAN、そしてHAWKWIND(あとMERCYFUL FATE)…と、正規盤だろうがブートだろうが、金が許す限り何でもかんでも買っていた。
今でも思い出深い1枚がコレだ。

鬼があの世へ

SHEENA AND THE ROKKETS.jpg3月24日に田中邦衛が亡くなっていたという。
驚いた。
老衰で穏やかに亡くなったとか。
88歳。
世間的にはやはり『北の国から』ということになるのだろうが、主役を張るようになる以前に多かった、小心で狡猾な小悪党キャラこそを愛する、という人もまた多いのでは。
個人的にはむしろ個性的なCMの数々が印象的だ。

26日には沢村忠が亡くなったとのこと。
肺癌。
78歳。
キックの鬼。
TVアニメ主題歌の「キ~ックキ~ックキックの鬼~だ~♪」というサビは今でも覚えている。
『帰ってきたウルトラマン』にもゲスト出演してたよな。
引退後は長らく公の場に出ることなく、自動車修理工場をやっていたのだそうで。

28日にマルコム・セシルが。
死因は不明だが、長く患っていたらしい。
84歳。
スティーヴィー・ワンダーのアルバムへの参加で有名になった人、という印象が強いものの、その『INNERVISIONS』と同じ1973年にはTHE DOOBIE BROTHERS『THE CAPTAIN AND ME』、MANASSAS『MANASSAS』、LITTLE FEAT『DIXIE CHICKEN』にも参加している。
ともあれこの人がいなかったら、70年代半ば以降のスティーヴィーの音楽は違ったモノになっていたのでは。
で、音楽活動は50年代からやっていたんだよな。

29日には野島健太郎。
死因・年齢とも不明。
生業は映画音楽家ということになるようだが、やはり80年代後半のSHEENA & THE ROKKETSをはじめとするロックのアルバムでの仕事で思い出す人が多いはず。
そしてシーナももういない…。


84歳とか88歳とか、正直想像も出来ないその日暮らしな俺だが。
ともあれ日々を暮らすしかないのである。

EVIL DRIVE/DEMONS WITHIN

EVIL DRIVE.jpg女性ヴォーカルを擁するフィンランドのメロディック・デス・メタル・バンド、前作から3年ぶりの3rdアルバム。

2013年1月にフィンランド東南部のコトカで結成。
16年1月に1stアルバム『THE LAND OF THE DEAD』、18年3月に2ndアルバム『RAGEMAKER』をリリース。
その間に何度かメンバー交代があり。
ヴィクトリア・ヴィレン(ヴォーカル)、ヴィレ・ヴィレン(ギター)、J-P・ブサ(ギター)、マッティ・ソルサ(ベース)、アンティ・タニ(ドラム)という現在の5人編成となったのは『RAGEMAKER』リリース後。
ヴィクトリアは以前SOULCRYPTというバンドで活動。
ヴィレはDOMINATION BLACKというバンドや、KISSのトリビュート・バンドPAUL STANLEY BOOZING SOCIETYで活動していたという。

IRON MAIDEN、SLAYER、METALLICAなどの影響を受けていたそうで、元々はメロディック・デス・メタルよりかはスラッシュ・メタルを志向していたのかも知れない。
『THE LAND OF THE DEAD』はBURRN!で酷評されたらしいが、俺はEURO-ROCK PRESSで10点中7点付けていた。
しかしその時点では、音楽自体よりも宣材写真でのヴィクトリア・ヴィレンのヒョウ柄ビキニの方が印象的だったりして…。
(『RAGEMAKER』は未聴)

1曲目「Payback」ではメロデスというよりもスピーディでブルータルなデス・メタルという感じだなあ、と思ったのが、2曲目「Breaking The Chains」でいきなりジャーマン・メタル風のクサいメロディがイントロから全開。
以下、曲毎にけっこう幅広いアプローチ。
14歳から歌い始めたというヴィクトリア・ヴィレンはキリッとした美人さんながら、顔に似合わぬ苛烈なグロウルを聴かせる。
一方で『THE LAND OF THE DEAD』を聴いた時にも感じた通り、スラッシュ・メタルをはじめとするオールドスクールなメタルの影響下からメロディック・デス・メタルにシフトしてきたバンドなのではと思わせる部分が随所に。
いかにも北欧メロデス的な慟哭メロディよりかは、メロディック・スピード・メタルなんかに通じる哀愁メロディの要素が多めというか。
アルバム終盤、別人みたいなクリーン・ヴォイスから邪悪なグロウルに転じる暗黒パワー・バラード(?)「In The End」も良い。

ARCH ENEMYと比較されがちなバンドながら、そもそもそのへんを目指しているワケではない気がする。
結成時のメンバーはヴィクトリア・ヴィレンとヴィレ・ヴィレンのみとなっているが、メンバー交代を重ねたのは吉と出たようで、『THE LAND OF THE DEAD』の頃に較べるとかなり成長したと思う。

国内盤はMOTORHEAD「Killed By Death」カヴァー(レミーが亡くなった直後からレパートリーにしている様子)を含むボーナス・トラック3曲入り。
本日リリース。

GARADAMA/GARADAMA 1(2000)

GARADAMA.jpg”大阪の奇跡”SUBVERT BLAZEの登場は衝撃的だった。
バブル真っただ中の1990年に、真ん中分けの長髪にヒゲにベルボトムという時代錯誤な姿で(しかも大阪から)現れた3人組が、CREAM meets BLACK SABBATHみたいな音楽を聴かせたのだから、それはもう驚いた。
しかしSUBVERT BLAZEは続かず。
『SUBVERT ART』(90年)と『SUBVERT ART Ⅱ』(92年)のアルバム2枚で解散してしまった。

バンド解散後、藤原弘昭(ベース)と岡野太(ドラム)の名前をあちこちで見かける一方で、柿木義博(ギター、ヴォーカル)の動きは伝わらず。
『SUBVERT ART』から8年経って、柿木はようやく戻ってきた。
それがGARADAMAだった。

SUBVERT BLAZEと同じトリオ編成だったが、やっていることは当然ながらかなり違っていた。
いきなり飛び出す、初期AMON DUULの未発表音源みたいな(?)轟音。
サイケデリック/ハード・ロック色が強かったSUBVERT BLAZEに対して、GARADAMAはスラッジ/ドゥーム。
どちらもBLACK SABBATHからの影響を感じさせる点では共通していたものの、GARADAMAはSUBVERT BLAZEよりもはるかに遅く重くやかましく。
ノイズの塊のような音を投げつけてくる。
SUBVERT BLAZEがCREAMとBLACK SABBATHだとしたら、GARADAMAはBLACK SABBATHとCATHEDRALにSWANSとEYEHATEGODもぶち込んだみたいな。

SUBVERT BLAZEに較べると随分とっつきづらい音…と思ったが、一方で中毒性のある音でもあった。
全7曲中、7分超の曲が2曲ある一方で、4曲は5分以内と、拷問のように引きずり続けるのではなくコンパクトな作りなのもよかった。
(録音も良い)
途中にいきなり「Everything Is Nothing」のように抑揚と勢いのある曲を突っ込んでくるのもナイス。

それにしても寡作。
この1stアルバムの後、『GARADAMA Ⅱ』(2006年)、『GARADAMA Ⅲ』(15年)と、この21年でアルバム3枚しか出していない。
3rdアルバムが出てから、今年で6年経つ…。